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17、魔王とは何か

 魔王、といってもその定義はあいまいだ。

 人類にとって大きな脅威であり、友好的ではないという点では共通しているものの、魔物が強化され続けた結果として魔王となるものもあれば、人間が人間であることをやめて魔王として動き回ることもある。

 また、ある種の知性的で強力な能力を持つ動物が、人類に対して敵意を抱いていないにもかかわらず、人の側が勝手に脅威と見なして、魔王と呼んでいる場合もある。


 カタリナがかつて活動していた東の大陸、ユーリア大陸では、人々の間に広まるさまざまな情報を大ギルドが管理しており、魔物とそうでないものを明確に区別していた。だからこそカタリナが今まであいまみえたことのある魔王は、魔物の最上位種ばかりで、そのどれも、人とは全く異なる性質と、存在理由を持っていた。

「だからね、エア。魔物っていうのは基本的に、人間や動物の、行き場を失った敵意や悪意が結晶化したものなんだよ。意識の淀みって言えばいいのかな?」

 魔物とは何か、ということについてカタリナはエアに教えていたが、エアの方はあまり納得していない様子だった。

「でもリナちゃん。魔力には八つの性質があるんでしょ? そのなかに善や悪は含まれていないじゃん」

「えっとね、八つの指向性は、魔力回路に流れる魔力元素の性質のことを言うのであって、善意とか悪意とか、そういう複雑な感情は、魔力そのものに宿っているのではなくて、特定の魔力の通り道のパターン、つまり魔力回路によって決定されているんだよね。その八つの組み合わせによって、私たちが誰かを好きだと思ったり、嫌いだと思ったりするわけじゃないのと一緒」

「よくわかんないんだけどさ、魔力っていうのは、その回路ごと移動するの?」

「えっと……魔力の繋がり方、つまり回路っていうのは、常にコピーし拡大し、常に崩壊して縮小する性質を持つんだよ。たとえるなら、きれいな川に赤い血を大量に流したら、その血の色は薄くなるけど、確かに川は赤く染まっていくよね。血の魔力回路が、水の魔力回路に混ざるっているのは、そういうことなのであって……そういう感じで、理解できない?」

「理解はできるよ。でも本当にそうなのかなって疑問に思う。いや、正しいとは思うんだけど……それだけなのかなって」

「どういうこと?」

「うまく言葉にできない」

 エアはうーんと唸っている。その後、ふっと息をついて伸びをして、考えるのをやめたように、とても明るい声で別の話を振った。

「そういえばさ、リナちゃん。全然魔物に遭遇しないね」

 そう言われて、リナは確かにそうだと気がついた。魔物はどこにでもいるうえに、理性を持っていないことが多いので、人間や動物の存在に気がついたら、何も考えずすぐ突っ込んでくるものが多い。ただ殺したくて仕方がないのだ。

「そうだね。普通、何か大きな災害があったり、魔王が暴れてるときは増えるはずなんだけど」

 実際、エアとカタリナが通った道のそばには、エクソシアがやったと思われる破壊の数々が残されていた。人の死体も、すでにいくつか見つけており、エアのわがままでいちいち火葬していた。

「リナちゃんの理論が正しければ、理不尽に魔王に殺された人は、魔王を恨むんじゃないの? だから、魔王に魔物がむらがってるから、人間を襲わないとか?」

 そういう考え方をカタリナはしたことがなくて、首を捻った。魔物同士が争うことはあるが、それはある程度知能が高くなったもの同士だけであり、魔物は通常、互いを生命と見なしていないから、敵意も抱かないとされている。

 魔物は、生物というより、雨や日差し、川の流れのようなものに近いのだ。

「私はずいぶんたくさん魔物を倒してきたけど、低級の魔物が他の魔物を恨んで殺そうとしているところは見たことがないな」

「ふーん。やっぱりよくわかんないなぁ」

 ともあれ、カタリナはひとつはっきりと感じていることがあった。エクソシアが通ったあとの場所は、どこも魔力の基本的な性質が均質なのだ。そしてその感じは、術式に必要な魔力をエーテルから吸い取ったあと、自然にエーテルが自らの足りないところを補完したことによって生じるのと同じもので、力の魔王エクソシアには、魔力を常に吸い取り続ける性質があると思われる。

 その力がもし、吸収することによって拡大し続けるなら、時間をかければかけるほど手が付けられなくなる可能性があるが、しかし大いなる力にはそれを維持するのにも大きな力が必要で、単に体を維持するためにそれだけ魔力を吸収し続けなくてはいけないだけ、という可能性もある。

「いずれにしろ、一度この目で見ておかないといけないんだろうな」

「ん、何が?」

「力の魔王エクソシア。私たちで討伐するにせよしないにせよ、どんなやつかは知っておいた方がいいと思って」

「私はセラちゃんのことが気になるな」

「あの、変な翼の生えた子? あれ、本当になんなんだろうね」

 それも心配事であり、カタリナに冒険の期待をもたらすものだった。

 セラの体内循環魔力量自体はそれほど高くない。エアと同程度か、それより少し多いくらいだ。だが特筆すべきは、あの六枚の翼と二本の腕。あそこまで純粋に指向性の偏った魔力を自動的に生じさせ続ける機関はカタリナの知る限りどこにもなく、もし、あの翼をちぎってその形を保つことができたなら、極めて高級な素材か、魔道具として使えるはずだ。

 そんな残酷なことを考えずとも、存在自体がきわめて奇妙だ。イグニスと呼ばれたあの老魔術師は、おそらくは超越者と呼ばれる者たちに近い存在だ。おそらく、数百年は生きている。そして、彼はエアとカタリナの旅を注視している。単に、享楽としてそうしているのか、あるいは何らかの企みに、自分たちを巻き込んでいるのか。

「やっぱり、まだなんにも思い出せないの?」

「うん。頭痛くなっちゃう。でも、あの二人はどこかで見たことがある気がする」

 ともあれ、やるべきことははっきりしている。中央大陸最大の都市パレルモを目指し、その間にできるだけ多くの情報を集め、できればエクソシアを一度この目で見て、その強さの程度を把握しておく。

「まぁ、次の街についたら、エアの武器も何か買おうか」

「武器! かっこいいのがいいな」

「その便利な概念形装だけで戦えなくはないけど、それだけじゃあワンパターンでつまらないでしょ?」

「うん。魔法も、なんか、杖とか使った方がいいんでしょ?」

「そうだね。初心者ほど道具で補助した方が安定するしね」

「あ、じゃああのイグニスっておじいちゃんも杖持ってたから初心者?」

「あれは超上級者」

「リナちゃんは杖持たないの?」

「一応持ってるよ」

 ローブの裏側、敵からは見えないところに、肘から先程度の長さしかない短い杖を取り出す。その手元のところにはくぼみがあり、そこには紫色に輝く石のようなものがはめられていた。

「それ、魔石?」

「そ。自分由来の魔力だと発動しにくい魔法があるからね。まぁめったに使わないんだけど、隠し玉として。あと大規模術式は道具を使った方がずっと簡単になる」

「大規模術式、かぁ。ロマンだよね? かっこいいよね?」

「一番ポピュラーな大規模術式は畑に肥料まくやつだけどね」

「うわぁ実用的」

「畑を耕す土人形を出したり、疑似的に雨を降らしたり、そんなのばっかりだよ。よく使われるのは」

「なんか、ドカーンみたいなのないの?」

「あるけど、発動遅すぎて役に立たないこと多いし、後処理も大変だしで、めったに見ないね」

「ぶー。つまんないの」

 人間同士の戦争の場合は、大規模な攻性術式がきわめて有効ではあるが、そもそも戦争はデメリットが大きすぎるので、めったに起きない。人が死ぬということは労働力が減ると同時に、魔物が増えるということでもあるのだ。

 武装グループ同士が対立していて、その間に何か問題があっても、軍事で解決するよりも、話し合いや、あるいは抱えている魔術師同士の決闘で済ませることが多い。

 ただ、西の帝国ヘイルハルトは、非殺傷性の攻性大規模術式によって、死傷者を出さずに重要地点を占領する戦術を好んでおり、それによって領土を拡大したという歴史を持つ。

 また、東の大ギルド支配地域であるユーリア大陸においても、ギルドの意向に逆らった国家が、制裁として強力な大規模術式で焦土にされ、数十年人が住めない地域になることがたびたびある。魔物が生じた瞬間に死滅するような、徹底的かつ長い時間続く殲滅力の高い攻性大規模術式を用いれば、ほとんどデメリットなく都合の悪い国家を滅ぼせるというわけだ。

「まぁ、大規模術式は基本的に、難しいわりには使う機会の少ないものばかりだよ。それより、個々の小規模な術式を適切かつ高精度で扱えるようになった方が、戦いでも、日常生活でも役に立つ」

「じゃあリナちゃん。リナちゃん的に、日常生活で一番便利な魔法って何?」

「灯りの魔法じゃない? 夜になるたびにいちいち火を灯すのは危ないし、魔法なら光度調整できるからまぶしくなりすぎないし。魔力効率がよくて簡単だから誰でも練習すれば使えるようになるし」

 エアはため息をついた。

「そりゃそうだけど、それじゃ面白くないじゃん」

「戦いならアイスボルト一択だね。応用も効くし、戦いの幅が広がる。魔力もほとんど使わないから消耗もしない。防ぐのはけっこう大変だから、相手に魔力を使わせて消耗させることもできる。弱い魔物ならこれひとつでだいたい倒せちゃうし」

「その話何回も聞いた!」

「それくらい重要だってこと。基本の魔法を、いかに丁寧かつ素早く唱えられるか。それが戦闘でもっとも大事なことだから、練習しよう」

 エアは、魔法の訓練に飽きていた。とはいえ、カタリナがせっかく教えてくれているのだからと、今回も我慢して付き合うことにした。

 カタリナ自身も、エアが退屈そうなのをわかったうえで、何度も反復練習をさせていた。自分もかつて、師匠であるノワールに、無理やり同じ訓練をさせられたからこそ、今の正確な魔力操作技術があるのだと分かっていたからだ。

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