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14、八指向性理論と温泉

 一頭のロバを連れて、カタリナとエアは並んで歩いている。目指すのは中央大陸最大の都市、パレルモ。

 魔王討伐を本格的に考えるにあたって、足りないものは二つ。情報と、戦力。もっとも人の多い場所に行くことが、その二つを手に入れる最良な方法だとカタリナは安易に考えたのだ。だが当然、パレルモにつくまでの道中に、戦力と情報を十分に揃えられたならば、目的地を変えることも選択肢に入れていた。


「へー。魔法ってそんなに難しくないんだね」

 カタリナは、エアの魔法の上達に驚きを隠せなかった。魔力の扱いには才能の差というものが如実に出るものだが、エアの場合はもともと魔力の扱いに秀でていただけでなく、概念的、理論的な理解もきわめて早かった。

 エアは落ちている小石を拾って、火で包み、その上から氷で包んだ。それを手から落とすが、小石は空中で静止する。透明なエーテルの土台に支えられているのだ。

 そのうえ、強力な概念形装まで使える。右腕にしか出せないのかとエア自身は思っていたが、カタリナが以前「足に出せないの?」と問うて、初めてそう試みた結果、うまくいった。重厚なグリーブが彼女の細い足を覆い、そのまま、エアは回し蹴りをカタリナに繰り出す。カタリナは右腕を魔力でおおい、その蹴りを受け止めるが、想像以上に強い衝撃を受け、体がきしむのを感じた。カタリナはエアの足を掴んで。反対の手でコンコンと叩いて、その強度を確認した。

「足手まといになると思ってたけど、全然そんなことないかもね」

 カタリナがそういうと、エアは嬉しそうに笑う。

「ね! 私も意外と戦えそう!」

 二人の旅は楽しいもので、カタリナは、幼少のころ師匠であるノワールとともにユーリア大陸のあちこちを巡ったことを思い出した。その道中、たくさんのことを教えてもらい、その時に身に着けたものが、今の自分を支える確かな土台になっている。

 記憶喪失であるエアがいつか記憶を取り戻したとしても、今自分が教えたことが、何か彼女にとって意味のあることになればいいとカタリナは思っていた。



 

 旅先で見つけて嬉しいものはたくさんあるが、その中でも特に興奮するのは温泉だろう。

 シラクサを発って川沿いを歩き始めてからもう四日が経過し、山のふもとを進んでいる最中だった。


 ここは旅の中継地点でもあり、小さな村ができていた。人口は少ないものの、最低限の設備は整っており、久々にゆっくりできそうだとふたりは喜んで村にひとつしかない宿をとった。

「温泉、かぁ」

 エアは、幸せをかみしめるようにそう言った。

「そういうのはわかるんだね」

「うん。自分の経験に関することは思い出せないけど、概念的なことは大体わかってる気がする。温泉がいいものだってことは、確かにわかる」

 脱衣所にはふたりしかおらず、いくつか並べられた籠にも誰かほかの人のものはなかった。

「貸し切りっていうのは?」

「もちろん、最高だね」

「とはいえ、盗難には気を付けないとね。ところでエア。術式魔法を教えたばかりだけど、歴史上、一番最初に発展した形式の術式って何だと思う?」

 クイズ形式の問いは、エアの好奇心を刺激する。エアは頭を悩ませる。

 魔物の群れを一気にせん滅するための、大規模な魔法かなと思ったが、もしそうならわざわざこのタイミングで問題を出す意味がない。おそらくは日常的で、役に立つ用途。盗難という話題につなげたのだから、ものを盗むことに関連する魔法。さらに、この場所は温泉。皆が肌をさらす場所。つまり……

「透明化とか?」

「え? なんでそう思ったの?」

 カタリナは驚きの回答に首をかしげる。

「いやだって盗難って話だったから、透明になればもの盗み放題だし、温泉だから、のぞき見とかしたい人からすれば、最高なんじゃないかと思って。ほら、人ってエッチなことだと異常なほど力発揮することあるじゃん?」

 恥ずかしげもなく、エアはそう言った。カタリナはひたいに手を当てて悩むようなしぐさをする。

「確かに理屈はあってる」

 納得してしまっている。しかし答えは違う。

「でも、人体透明化の術式なんて私は聞いたことないし……多分今でもないんじゃないかな? いつかは発明されるかもしれないけど」

「そっか。じゃあ答えは?」

「罠。特に警報系統だね」

「あぁなるほど。それじゃあ逆かぁ」

「え、何が?」

「いや、悪さするのに使う魔法じゃなくて、悪さを防ぐための魔法なんだなぁって」

「まぁ、悪いことをするのに魔法なんてそんなにいらないしね……」

 カタリナはそういって服を脱ぎ終えた後、籠に手を触れて、目をつぶる。籠に何らかの魔力が込められていくのを、エアは見つめている。

「どうやってやるの?」

「術式の組み方は前に教えたよね? 音を出す魔法に、ふれるっていう発動条件を付与する。基本はそれだけ」

「解除は、確か付与したのと逆属性を込めればいいんだよね? 音を出すのは伝性と断性の魔力だから、遮性と接性の魔力を後から術式に加えれば……」

「そうそう。よくわかってるね」

 魔力の性質の分類に関する体系はいくつかあるが、カタリナがエアに教えたのは、自分がよく知るもっともポピュラーかつ汎用性の高い八指向性の理論だった。伝と遮、拡と縮、断と接、熱と冷という対になった四つの性質を、魔力の最小単位である元素は、それぞれが釣り合った形で有している。そこに力を加えて偏らせることによって、目的の現象を発現させる。それが魔法であるという理論。

「前も言ったけど、音っていうのは空気中の魔力、すなわちエーテルの一時的な振動によって伝わるもので――」

 エアは話を最後まで聞かずに、湯船の方に向かっていった。カタリナは、自分が荷物に付与した魔法が音の魔法だけでなく、拘束の魔法も含んでおり、それは音の魔法と反する指向性を有しているが、互いに独立しているため同時に起動できるというその理屈を説明しようとしていたが、別にあとでもできるかと自分に納得させて、今は体も心も湯船に浸して休むことに集中しようと決めた。


「ふえ~お先に失礼しますぅ~」

 ふらふらとエアは湯船から出て、脱衣所の方に戻っていったが、カタリナはまだ湯船につかったままだ。まだ入ってから二、三分しかたっていなかったが、エアの顔はもう真っ赤だった。

「自分の体がのぼせやすいこととかは覚えていないんだ。面白いな」

 カタリナはあと二十分は入っているつもりだった。のぼせてきたら少し外の空気を浴びて、もう一度入る。普段お風呂に入れない分、ゆっくり楽しみたかったのだ。

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