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閑話 愛情について

 徒歩での二人旅は通常、退屈である。一人旅よりははるかにましとはいえ、それでもだんだん会話にも疲れてきて、無言の時間も長くなる。仲のいい者同士でも会話がとまるのは、話しつくして話題がなくなっているからではなく、単に心が疲れてしまうからなのである。

 しかしエアとカタリナのふたりは、不思議に互いに疲れるようなことはなかった。

 カタリナは、そもそもあまり会話というものに頭を使う人間ではなく、相手が真剣でないかぎりは、適当に相槌を打ったり、思ったことをそのままいうので、会話に疲れることはあまりなかった。

 エアの方は、非常に体力があり、会話だけでなく、旅の中で少しずつ変化していく景色を楽しむ余裕すらあった。


 物語の大筋には関係ないが、彼女らの会話の中で面白かったものを少し書き記しておく。


 旅をはじめてから三日ほど経った頃のことである。田園が広がる景色の中、ふたりはあぜ道を並んで歩いている。


エア

「ねぇリナちゃん。リナちゃんは、誰かのこと愛したことある?」


カタリナ

「愛、ねぇ。恋愛っていう意味?」


エア

「それでもいいよ」


 カタリナは自分の記憶を探ったが、誰かを恋しいと思った記憶はなかった。もちろん、寂しさを感じて、離れたところで暮らす友人のことを思ったことをあったものの、それは愛情というにはあまりにも自己中心的であるような気がした。

 そもそもカタリナは、通常極めて自分中心の人間であり、他者に対してあまり関心を抱かない人間でもある。それゆえ、彼女に恋をする人間はいても、彼女自身は、誰かに恋をしたりはしない。

 不老になってからは、性欲が著しく減退し、さらにその傾向が強くなった。異性に対する興味は、完全に皆無であり、性に対する興味もまったくなかった。


エア

「リナちゃん?」


カタリナ

「エアはさ、恋とかしたことあんの?」


エア

「覚えてないけど、あんまり想像できないかも。私が誰かに恋してるところ」


カタリナ

「興味もない?」


エア

「人に対する興味という意味では、興味津々だよ。でも私自身がそれをしたいとはあんまり思わないかな。多分、性欲もなければ、性への憧れもないからだと思う」


カタリナ

「それは私も同じかな。子供を産んで育てることに対するのと同じような感覚」


エア

「あ、わかる! なんか、子供ってかわいいし、人が子供を産んで新しい命を作り出すっていうこと自体が、すごいことだし、なんというか、面白いと思うんだよね。でも、私自身がそうしたいとは思わないんだよね。恋愛もそんな感じ。面白いなぁって思うけど、他人事なんだよね」


カタリナ

「私たち、妙なところで共通点があるな」


エア

「ね!」



 話変わって。


カタリナ

「エアはさ、私のことどう思ってる」


エア

「リナちゃんって、普通聞きづらいことでも平気で聞いてきたりするよね」


カタリナ

「そう?」


エア

「うん。私そういうところ好きだな。躊躇なく踏み込んでくる感じ」


カタリナ

「全然ぴんとこないけど、ありがと」


エア

「リナちゃんは私のことどう思ってる?」


カタリナ

「不思議な子。記憶がないのに、妙に……いろいろ経験してきたような雰囲気があるよね。賢いというか。それに、なんていうか、いい子だよね、エアは」


エア

「えへへ」



またまた話変わって


エア

「リナちゃんはさ、今までの人生で一番迷ったことって何?」


カタリナ

「あんまり迷った記憶がないな。なんというか、その場その場で自分がしたいことをしてきたから、迷ったり悩んだりしたことがあんまりないのかも」


エア

「冒険者やめるときとか、悩まなかったの?」


カタリナ

「最高位の称号を得てから、目標がなくなってやる気がなくなりつつあったときに、ギルドから特処にこないかーっていう誘いがあって、それに乗っただけだから、あんまり迷うことはなかったかな。いろいろ教えてもらって、自分に適性があるのはわかったし、私はまだ若かったから、色々経験しておくのもいいかなと思って」


エア

「なるほどねー。あ、でも人を殺すことに抵抗とかなかったの?」


カタリナ

「なかったなぁ。いや、まぁ、知り合い殺さなくちゃいけないときは、ちょっとつらかったけど、それくらいかな。誰かがやんなくちゃいけないっていうか、まずいことをした人を処分する役回りだったから、こうなんていうか……仕事って感じだったんだよね」


エア

「でも、悲しいよね。死ななくちゃいけない人がいるっていうのは」


カタリナ

「そうかもね」


 カタリナ、少し考え込む。


カタリナ

「エアはさ、私のことを穢れた人殺しだと思ったりはしないの?」


エア

「しないよ。なんで?」


カタリナ

「仕事とはいえ、私はけっこう多くの人を殺してきた。もちろん、無実の人間はひとりも殺したことはないけれど、それでもやっぱり私の手は血で汚れてる。エアは、そのことは何とも思わないの?」


エア

「私は人を裁いたりできる人間ではないよ」


カタリナ

「でもエア。無実の人間と、罪を犯した人間を同じように扱うことは、不公平なんじゃない? 普通の人の感覚なら、私は罪人とまではいかなくとも、危険で、厄介な人物として扱われるのが普通だと思う」


エア

「ねぇリナちゃん。リナちゃんは、命の恩人だし、面倒見がよくて、我慢強い性格なのは、私だってわかってるんだよ。私はそんなに、他の人に罪があるかないかなんて考えないし、それに、必要があって私が人を判断することがあっても、私は噂話とか、評判とか、経歴とか、そういう不確かなものよりも、私自身の目を信じるよ」


カタリナ、無言で考え込む。その後、ゆっくりと口を開く。


カタリナ

「みな、そうありたいとは思っているんだと思う。でも実際に、そうできている人はとても稀で、いっけん自分の目を信じているように見える人も、無意識的には身近な人の見解を尊重している。でもエアは、本当に自分の目でしかものを見ていないような気がする。他の人の考えを、他の人の考えとして切り離して考えているような気がする」


エア

「裁断の原理……」


カタリナ

「ん?」


エア

「いや、なんか、一瞬頭に浮かんでさ。裁断の原理って言葉が」


カタリナ

「剣聖アレクサンドラの概念形装、か。言われてみれば、言い伝えられているアレクサンドラの性格も、そんな感じだったな。自分と他者の間に、明確に線を引いていて、自分自身の考えを何があっても貫こうとする」


エア

「うーん。でも、他の人の考えに耳を傾けた方がいい気がするんだけどな。頑固だったり、わがままだったりするのあんまりよくないし」


カタリナ

「でもエア、そういうところあるよね」


エア

「そうなんだよね。いつも悩んでいるんだけど、結局は私の中の私が勝っちゃう」


カタリナは、アハハと楽し気に笑った。

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