12、新しい英雄像
エアが目覚めるまでのあいだ暇だったカタリナは、エアのぼろぼろに擦り切れていた服を修復して、なくなった左手側の袖を切り取って、残った部分は軽く結んでいた。
エアは部屋を出る直前に、切り取った部分の袖をリボンの形にしてそこに止めてほしいと頼み、カタリナは快く承諾した。
長い雨がやんで、嬉しくなるほどに青く明るい空が世界をつつんでいた。
エアはカタリナの右手側に並んで歩いていた。その何度も使い捨ててきた右腕に、エアのために結んだ白いリボンがひらひらと何度かこすった。
出会ったばかりなのに、その距離感が何とも心地よくて、カタリナはそのことを不思議に思いながら、自分の半生を語った。
カタリナが自分の話を一通り終えた後、エアはその手を顎に当てて、悩むようなしぐさをして見せた。
「何か不思議に思うようなことあった?」
「リナちゃんはさ」
エアは首をかしげる。
「英雄になりたいんだよね?」
「うん。子供っぽい夢だけどね。また別の小さな子が、世界と人間に希望と期待を抱けるような、そういう英雄譚の主人公のひとりになりたいんだ」
「それは素敵な目標だと思う」
エアは、手を下ろして、カタリナをまっすぐ見つめてうなずく。
「でも、英雄になるような人って、そこまで考える人じゃなくない?」
カタリナはびっくりして口をぽかんと開けた。少し笑った後、咳払いをした。
「あはは。エアって、結構言うんだね」
「ダメだった?」
「ううん。自分でもそのことは考えたよ。実際、私が今まで聞いてきた英雄譚の中で、その人自身が『いつか自分の雄姿が語られ続けること』について、あまり意識したシーンはない。そういうことはどうでもよくて、ただ誰かを助けたいとか、大きなことを成し遂げたいとか、そういう風に考えている人が多かったと思う」
「だよね。なんかリナちゃんって、そういうちょっとお馬鹿な感じしないもん」
「お、お馬鹿……なのかな? かっこいいと思うけど」
「自分のやっていることの意味をちゃんと理解している人の方がかっこいいと思うな、私は」
エアはにししっと笑った。カタリナもついついつられて笑みを浮かべてしまう。
エアは、決して頭が回る方ではなかった。しかし、人の話はよく聞くし、その言葉の意味も正確に理解することができた。さらに、それに対して他の人とは異なるような視点から、自分自身の意見を持つことができたし、自然とそれを人にも認めさせることができた。
芯から善良な人間特有の、空気そのものを浄化し、人々の心を慰めるような雰囲気をエアはまとっていたし、それだけでなく、鋭い着眼点と、そこを容赦なく掘り下げる理性的な度胸も併せ持っていた。
カタリナは、自分がすでにその人物に心惹かれていることを自覚せずにいられなかった。片腕がなくとも、そのことを少しも気にせず、自分がこれまでなした善行ゆえに傷ついてきたことも、決して悔やまず、かといって現実を拒んだり、運のせいにしたりせず、ただただ起こったこととして受け入れている。ある種、善良すぎるゆえの不幸を、必然のものとして捉えつつ、それでいいのだと肯定している彼女の姿は、自分が憧れている、これまでいなかったような新しい英雄像に、極めて近いのではないのかと思わずにいられなかった。