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第五章 八十六話

 地下通路にいるのはクネパスの衛兵だけでは無かった。エーギルの炎を目当てとしたゲヘナのマギテック達も既に数多く侵入した後で、彼らが乱闘を起こしている所に遭遇することもあった。相手の能力が分からない以上、ゲヘナのマギテックに手を出すのは躊躇われた。しかし、その状況を手の平のように、簡単にひっくり返して見せたのがミチザネだった。

「右はプレイスリーディング、左はトキシックボディ……。左の彼には素手で触らないようにしてくださいね。象さえ即死させる猛毒を味わいたくなければね」

 ミチザネが元首から預かってきたのは、全てオートマータだった。一見ただの小箱にしか見えないそれを、彼は手慣れた手つきで扱う。懐中時計のような形をしたものもあるが、どういう風に使うのか、俺には全く見当がつかなかった。

 能力を看破された途端、連中は捨て身で斬りかかってきた。近づかずして相手を倒す能力が無い。それがバレてしまっては遅かれ近づかれる。ならば、やられる前にやってしまえということなのだろう。

 やられる前に、どうして退けないのか。剣を抜かれては、槍を突きつけられては、倒すしかないじゃないか。残念ながら俺の短刀は両刃だったし、峰打ちという器用な真似もできなかった。何せ、連中は死に物狂いで襲ってくる。後先を考えないその動きは、瞬間的にそいつらの最大能力を発揮している。手加減などしてやれない。

 血を照り返してぬらぬら光るナイフを拭いて、リゼルグやイズルを振り返ると、彼らもまた、やりきれない表情を浮かべて黙っていた。幸いなのは、俺は暗殺者で、連中が職業軍人だということだ。仕事の最中は、無心になって人を殺すことができる。迷いは足を止め、目を逸らせ、自分自身を殺す。

 ゲヘナの尖兵を黙らせる度に、ミチザネは鏡のようなオートマータでその遺骸を照らしていた。メモリリーディングと言う、人の記憶を読むことができるオートマータだ。

「死人の記憶を読むことなんてできるのか?」

 俺が訊ねると、ミチザネは縷々と語った。

「大脳皮質や海馬が無事であればね。身体機能が完全に停止する前、という条件付きですけれど。たとえば、眠っている間は意識がありませんけど、起きた時にはちゃんと記憶があるでしょう?殴られたり、泥酔したりして気絶した場合も同じです。まぁ、昨日飲み干したボトルの数は覚えていないかも知れませんが……」

 肩をすくめる素振りを見せてやると、ミチザネも苦笑いを浮かべる。

「彼らは一個小隊における、ただの下っ端ですね。この先、どこに他のゲヘナの兵が配置されているのか知らなかったようです」

 遺骸の目を閉じさせながら、リゼルグは口から思わずこぼれ落ちたように、小さな声で言った。

「まさに彼らは肉壁というわけですね」

「戦場において使いものになる兵士というのは、ほんの数パーセントです。その他大勢は、ただの壁役ですよ」

「知ってるさ」

 振り返ると、そう言いながらイズルが両手を合わせていた。合掌と言うのだそうだ。

 俺はミチザネが肩に掛けている鞄を覗きこんだ。まだまだ何か入っていそうだ。まるでびっくり箱のようで、何が飛び出すのか、少し興味がある。

「鞄に詰めてあったのは、全部オートマータなのか」

「まさしく」

「随分詳しいな。一目見ただけで、使い方が分かるものなのか?」

「慣れていればね。まぁ、これは一度捨てたものですけど」

「?」

「先を急ぎましょうか」

 珍しく先陣を切って歩きだすミチザネに追いすがって、俺達は更に階下へ下った。


 予想以上にリゼルグ達が働くので、思ったほど苦戦はしなかった。とんとん拍子と言わないまでも、順調に先へ進めている。

 しかし、床の敷居を飛び越えた瞬間だ。風を切りながら、床から壁が生えてきた。重力が反転したように、まるで天井に突き刺さるように、たった一瞬で背後に壁ができた。

 振り返っても遅い。俺達は二つに分断させられてしまった。

 俺の方に残ったのは、カタロスとイズルだった。リゼルグ、ミチザネ、ルーシェは冷たい壁の向こう側だ。しかし、誰もが、最初は何が起きたのか分からなかった。その壁は肉眼で捉えられない、透明な壁だったからだ。壁に全力で突進したリゼルグがひっくり返るのを見て立ち止まり、あちこちを触ってみて、ようやくそれが壁らしいことが分かった。

 声も届かない。リゼルグが大口を開けているのが見えるが、周りの呼吸する音さえ聞こえるくらい、辺りは静かだった。

「障壁ですね。紙一枚ほどの厚さですけど、ダイヤモンドより堅い壁です。これも、オートマータなのでしょうね」

 そう言いながら、カタロスは障壁に指を滑らせる。そして、じっと向こう側の様子を伺っていた。

「ミチザネさんも、解除に使えるようなオートマータを持ってないようです。先に進むしか……」

「幸い向こうにはミチザネがいる。別ルートで合流するしかないな。俺達がこの先どう進むのかも、あいつが知ってるから、どうにかなるだろう」

 イズルに促され、俺は壁の向こう側に向かって、先に行くという合図を送った。エペで教え込まれた指信号だ。リゼルグなら理解できるだろう。まさか役に立つとは。まだ覚えていたとは。


 それはあまりにも唐突だった。現実世界にイントロダクションだの前フリだのは存在しない。それでも賽は投げられる。本人達の知らない所で。

 リゼルグ達と分かれてどれくらい経っただろう。突き当たりを右に曲がると、開けた場所に出た。

 広場だろうか。何故こんな所に……。まるで舞踏会でも催すように、オセロ盤のようにテーブルが規則正しく並べられ、天井にはシャンデリアがぶら下がっていた。広場を囲むように並ぶテーブル、そしてその奥から……俺を見つめる視線を感じた。

 あれから二年も経ったのに、ちっとも似ていない。見れば見るほど、血を分けた妹とよく似ている。そいつは踊るように軽い足取りでこちらに近付いてくる。

「――――」

 静かに、そいつは俺の名を呼んだ。こちらの気も知らずに、むしろ慈しみさえするような声で。しかし、瞳は待ちきれないように、滾る炎のようにゆらゆらと輝いている。

 ルーチェ・イスタンテ・エスペリオ。奴はジェットを殺してまで俺をおびき寄せたのだ。姿を消して、そのままということはないだろう。

 避けては通れない。いつかは出会う。いずれ問われる。逃げられない。

 妹であるルーシェがいれば宥めることができたかも知れないが、遭遇は最悪のタイミングだった。

 身構えるイズルと、頬をこわばらせるカタロスを制して、俺は一歩前へ出た。俺自身が決着をつけるべきだし、ルーチェもそれを望んでいるようだ。

 あえて俺が一人で前へ出るのを見て、あいつは、これ以上無いくらい笑った。

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