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第4章 八十話

 ミチザネは一人で部屋へ入って行った。彼がそうすることを望んだのだ。イズルとリゼルグは別室に案内され、話が終わるのを待つことになった。茶を飲む以外することがなく、すっかり手持無沙汰になったイズルはナイフの手入れをすることにした。

「もし今回の件が全部片付いたら、イズルはどうするの?」

 リゼルグはぽつりと言った。答えなくてもいいと暗に示すつもりか、目はどこかよそを向いている。

「終わったらどうなってるのか全然想像がつかないからな。そうなってからじゃないと、何とも言えない」

「国に帰ったりしないの?大陸に来て結構経つんでしょう?」

「帰りたいと思ったことはないな」

「家族に会いたいとは思わない?」

「封書があるからな。それに鉄道や船も使える。会おうと思えばいつだって会える。まぁ、会いたいと思ったことは無いけどな」

「僕は、万密院を抜けるよ」

 イズルは何も言わなかった。止めることもしない。そうやって、ただ黙って聞いているだけのつもりだった。

「そうすればもう会えないかも知れない。だから、今の内に話しておこうと思う」

 イズルは顔を上げた。姿勢を正したリゼルグは、まっすぐイズルを見つめている。しかし、そこに感情が全く感じられなくて、思わずイズルは強張った。目の前にいるリゼルグが、全く知らない人間のように見えてきた。

 サナギから蝶が生まれるように、何か別のものが出てくるような気がする。目の前のリゼルグには、そう思わせる得体の知れなさがあった。無意識に、ナイフを握る手の力が強くなる。

「僕は、全部知ってたんだ。君が何の為に万密院に入ったのか、咎負いがどんな人なのか。脱獄が起こるずっと前から」

「咎負いが奪取されることも?」

「それは僕がやったことだからね」

「……本気で言ってるのか?」

「僕はその為に万密院に入ったんだ。グロワール・エペの動きを監視する者として。実際に咎負いを連れ去ったのは別の人だけど。彼を脱獄させる為に何人も万密院に潜入して、牢獄での監視体制を確認したり、脱出ルート確保の為に内側の人間を懐柔したりした。たった一人を連れ出す為にね」

「俺達は道化だったってわけか」

「僕も道化の一人だよ。シナリオに合わせて動くだけの役者。見えない糸で動かされてる。僕も、君も、多分ミチザネさんも」

「お前が俺達についてきた理由は?」

「監視する為だよ。君達が余計なことをしないよう、見張るように言われたのさ」

「もし俺達が咎負いを探し当てていたら?」

「これを使わなくて良かったよ」

 リゼルグは上着のボタンを外して、前を左右に広げた。上着の内側に黒光りする筒型のものが、一列に並んでいる。

「思っていたより君は甘かった。僕が風呂に行ってる隙に、荷物や服のチェックぐらいすると思ったけど……そうしなかったね。僕を信じてくれたのか、それとも警戒する必要も無いと思われていたのか」

「この部屋一つ吹き飛ばすには十分な量の火薬だな」

「至近距離で使えば即死は避けられないし、自爆で使うには十分すぎるくらいだね」

 イズルはようやく理解した。この同僚は何をやらせてもそつなくこなす分、特徴も無かった。エペの中では最も常人に近い。この男なら市井の生活に溶け込めるだろうと。それなのに何故エペに入ったのか、ずっと疑問に思っていた。

 リゼルグには拘りが無い。流されるように生きることができる。命を捨てることにさえ抵抗がない。

 覚悟を決めているのでもなければ、勇敢なわけでもない。忠義に生きるのとも違う。ただ、無心なのだ。何も持たない彼には、失う物すらない。どうせ散るならパッと派手に、一瞬で終わってしまう方が潔い。爆弾を見るリゼルグの目からは、そうした感情が見て取れた。

「もちろん、この爆弾は最終手段だよ。こんな死に方じゃ目立つしね」

「プロの仕事ではないわな。誰にも気づかれずに実行して、跡を残さないのが鉄則だ。一体、どこのどいつだ。お前にそんなやり方を教えたのは」

「この爆弾は指示じゃなくて、僕が自分で用意したんだよ。それと、イズルが気になってるだろうことをもう一つ。二年前、何故僕が爆発から生き延びたのか。簡単だよ。あそこには第三者が居たんだ。ヘリテージを追っていたのは、君だけじゃなかったんだよ。他にも狙っている奴がいたのさ。その人が、火の手が回った部屋の窓をぶち破って、僕を連れ出してくれた。理由は……分からないけど」

「彼?」

  イズルが訊ねるとリゼルグは笑った。微笑んだと言えるほど優しく。

「君も会えるよ。そう遠くないうちに。きっともうすぐ」

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