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第4章 七十四話

 穴をそっと覗きこんだイズルの背中に、ミチザネが声をかけた。

「アタシの記憶が正しければ、その先は脱出経路になっているはずです。じきに外へ出られましょう。生きていられれば、の話ですが」

「……罠があるってことか」

 外に出られるということは、逆に言えば外から入って来れるという意味でもある。その為、脱出経路も入り組んだ構造になっており、罠やフェイクの道が至る所に仕込まれているのだ、とミチザネは言った。

「オートマータはイーリスだけではないでしょう。あれ一体で、この城全体の警護をカバーすることはできませんからね。恐らく、何体も同じような役割を持ったものが、この城の中を徘徊しているはずです。リゼルグ氏たちを味方と認識してくれるかどうかは分かりませんがね」

「どっちが楽なんだ?このままリゼルグ達が帰ってくるのを待つのと、俺達がリゼルグ達を探しに行くのと」

「元々、この城を抜けて山の向こう側へ行くのが目的だったわけですし、アタシ達も出口へ向かうのが効率的だと思いますけどね」

 その言葉を聞いて、屈んで穴を覗きこんでいたイズルは、すっと立ち上がった。そして、床に置いた荷物をひったくるように持ち上げて出口に向かう。そうと決まれば、早速行動に移すほか無いからだ。

 しかし、いつまで経ってもミチザネの足音が聞こえてこなかった。不審に思ったイズルは、廊下まで歩いた所でようやく振り返って声をかけた。

「どうした……?」

 ミチザネはイーリスの膝に刺さっていたナイフを手に取り、それをイズルに投げて寄こした。こともなげに、イズルはナイフの刃を、親指と人差し指で挟んで受け取った。

「怪我の功名というか、不幸中の幸いというか……。良い機会だから訊いてしまいましょう」

 イズルがナイフを受け止める様子を、ミチザネは満足そうに見守っていた。

「何故あの日、あなたは黄金の林檎へ立ち寄ったのですか?」

 イズル達とミチザネが出会った日のことを言っているだろう。何故今頃になってそれを問われるのか分からなかったが、イズルは淡々と答えた。

「前にも言った通り、咎負いについて調べる為だ」

「あなた自身、咎負いを探す任務を与えられたのに、咎負いについて何も知らなかったのですか?」

「顔と名前以外、何も知らされていないからな」

「嘘をおっしゃいな。初めてお会いした時も言いましたけどね、あの場所は万密院の中でも、トップ中のトップシークレットなんですよ。咎負いの顔と名前以外知らされないような者に入室の許可を与えるなど、もってのほかです。そもそもあそこに入れるのは、元老院のメンバーと研究塔の最高責任者だけですからね。あなたはご存知無かったかも知れませんが」

「そこまで分かってるなら、まどろっこしいことは無しにしようぜ」

 そう言うのと同時に、イズルはジャケットの袖から飛び出しナイフを取り出した。しかし、ナイフの切っ先を向けられても、ミチザネは眉一つ動かさなかった。そして、イズルと同じように淡々と言う。

「アタシを殺してしまえば、あなたもここから出られなくなりますよ」

 そんなことはイズルにも分かっていた。ただ、覚悟を見せておかねばならないと思ったのだ。

 いつでも、お前を殺そうと思えば殺せると。この城から出た後でもいい。いついつかなる時でも。それも一瞬で。イーリスの膝を一撃で仕留めた時のように。

 ミチザネを見るイズルの目はスコープのようだった。標的の急所に狙いを定める眼差し。血の通わないような冷たい瞳を見てとって、ミチザネも感情を押し殺したように続けた。

「今の質問、訊こうと思えば訊けたんです。あの日あの時、初めてお会いした時に。しかし、少々事情が込み入っているようだった。特にリゼルグ氏は、あなたが本当に任務に就いているのだと信じている。だからこうして二人きりになった今、お訊きしているんですよ」

「だったらお前にも話してもらおうか。どうして俺達についてきたんだ?関係者だからって言ってたよな?その言葉の意味、俺にも分かるように説明してくれよ」

「ヘリテージの研究、特に、生物にマギを発現させる人工マギテックの研究。それがアタシの研究における至上命題でした」

 その言葉を聞いてイズルは思い出した。ミチザネは確か、自分のことを研究者だと名乗っていた。

「研究塔はアタシの発案によって創設されました。人工マギテックを飼育する為の鳥籠としてね。もちろん……その環境に耐えられる鳥ばかりではなかった。けれど、そうまでする価値があると思ったんです。人工マギテックの製造法が確立した時……人が人を完全支配できるようになった時、人は神になれるだろうと」

「だから、咎負いを取り戻したいってわけか?その研究が進まなくなるから?」

「逆ですよ。アタシは全てをぶち壊したかったんです。万密院も、研究の成果も、何もかも」

 そう言って、ミチザネは笑った。嘲笑うかのように冷えた笑い方だった。

「アタシも若者だったのです。未来は明るいと信じていた。天才などと呼ばれて酔っていたのです。楽園への扉は、自分が拓くのだと。新しい歴史を作るのは自分だと。未来どころか、自身の限界さえ見えていない若造だからこそ、そう信じ込むことができた」

 ミチザネの言うところは、おおよそ次の通りだった。まず、人間の脳と遺伝子の仕組みを解明することはできず、完全にコントロールできる人工マギテックの製造は不可能だった。結局ミチザネの研究がもたらしたのは、人の手で完全に統制された神の楽園や、不老不死で約束された永遠の生ではなく、人工マギテックを『生きた兵器』として投入する新しいスタイルの戦争だった。人工マギテックやオートマータを取引する軍産企業は、戦争の火種をかぎつけては『兵器』を売りさばいて懐を潤した。

 もちろん、技術革新の影響を受けたのは戦争屋だけではない。鉄道や電気などの機械は、元々オートマータの製造過程で生まれた技術で作られているのだ。

 しかし、そんなものは結果論でしかない。それに、いずれそうした技術革新は行われたはずだとミチザネは言った。

「アタシは馬鹿な若者だったのですよ。けれど、本気だった。本当に楽園を作るつもりでいましたけれど……。実際には、人殺しの道具を作っただけに過ぎなかったんです」

 挫折と現実への絶望から、ミチザネは一切の研究を辞めた。しかし、ミチザネは世界的に見ても、ごく一握りの優秀な研究者であることに間違いなく、万密院の外に出ることは許されなかった。元老院は、他所でミチザネの能力を利用されることを恐れたのである。

 ミチザネ自身は頑として研究の続行を拒んだ。それを武力で脅すのは容易い。殺すこともできる。しかしミチザネには、殺されるくらいなら自決をする覚悟があった。結局、万密院は彼をどうすることもできなかったのだ。

 ミチザネの研究資料の内容は彼自身にしか理解できなかったが、資料は保存されることに決まった。元々、他人に見せたり、伝えたりする為のものではないのだ。秘密の日記帳のようなもので、むしろ簡単に解読されてしまっては困る。そこまで語り終えると、ミチザネはようやく表情を柔らかくした。

「こうしてアタシは研究の成果共々、黄金の林檎に幽閉されたわけです。誰も入ってこれない場所、言い換えればどうやっても外へ出れない場所ですから、秘密を隠しておくにはうってつけの場所ですよね」

「お前の話が仮に真実だったしよう。するとお前にとって、咎負いが攫われたことは好都合だったってことになるな」

「まさしく」

「俺達に同行したのは、万密院に咎負いを連れ戻そうとする俺を邪魔する為だったのか?」

「まぁ、そこまでできたら上出来でしょうね。実際はもっと単純で、今しか脱走するタイミングが無いと思えたから……ただそれだけです。まず黄金の林檎を出てしまえば、後でいくらでも計画は立てられるだろうと」

「いい加減だな、オイ」

「さて、次はあなたの番です」

 ミチザネはその白い手を、イズルの前にそっと差し出した。

「偽る、というのは難しいものですよ。偽りの存在を作りあげたら、それが本物である証拠をねつ造しなければならない。それに比べれば、隠す方が遥かに簡単です。相手の目に触れないようにすればよいだけですから。あなたは、上手く隠すことを覚えるべきだった」

 イズルはため息をついた。ミチザネの正論に言葉も無かった。イズルは黄金の林檎がどういう場所か、よく下調べをしておくべきだったのだ。イズルは蛇に睨まれた蛙の気持ちを、嫌というほど実感した。

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