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第4章 七十一話

 リゼルグ、イズル、ミチザネの三人は馬車を捕まえて西を目指した。ミチザネがイブリースへの道を、地図を見ながら指し示す。既に日暮れが近く、仕方なく三人は近くの街に身を寄せた。立ち寄った宿には二人部屋しかなかったので、誰が床に寝るかをカードで決めた。一番低い数字を引いたリゼルグには、部屋にあった予備の毛布が与えられた。

「シーツがあればなぁ……」

 固い床を恨めしげに見つめるリゼルグを連れて、三人は人通りの少なくなった街道をぶらついた。最短でイブリースへ移動しても、四日はかかる。食糧とテントを揃えなければ、というミチザネの提案で店を物色する為だった。

「はっはっは、アタシとしたことが」

 しかしミチザネは文無しだった。

「後でキッチリ回収するからな。トイチだトイチ。耳を揃えて返してもらうぜ」

 そう言って、持ち合わせから商品の代金をひねり出したイズルは、ミチザネの背中をスパンと叩こうとした……が、ミチザネはひらりとかわす。

「トイチって?」

 軽くなった財布を少し寂しそうに撫でるリゼルグに、ミチザネが明るく答える。

「利子のことですよ。十日で一割」

「今までの分もトイチだからな」

 食事代、馬車台、宿泊代、その他全て……。ミチザネの分をイズルとリゼルグが負担してきたのだが、そろそろ二人の懐も寂しくなってきた。

「その多重債務、一本化してくれませんかね」

「もう寝るぞ」

 翌日は馬車屋が最速で商売を始めるタイミングを見計らって起床、朝の支度もそこそこに三人は街を出た。この先には「英雄の古城」があるという。

「城と呼ばわっていますが、実質的には要塞ですね。かつて四雄王が根城にしていた場所です。山を切り拓いて作った要塞なんですが、この先の峠を越えるには、迂回するか、この要塞の中を通って向こう側に出るか、この二択になります」

「山と一体化した要塞か」

「見た目には、山の一部と化した要塞……ですね」

「少なくとも、山と同じくらいの奥行きがあるってことになるな」

「それが目的ですからね。要塞は、関所のような役割も果たしていました」

「詳しいな」

「伊達に惰眠を貪っていたわけではありませんよ」

 黄金の林檎には、万密院が集めたありとあらゆる情報が眠っている。何故それをこんな男に託していたのか、とイズルは疑問に思っていた。この男に黄金の林檎を管理させる理由は何だったのかと。

「ここで結構です」

 そう従者に言って、ミチザネは馬車を降りようとした。仕方なくイズルが代金を払う。

 二時間ぶりの地面に足をつけて、イズルは思わず見上げた。かつて英雄が建てたという城を。聳え立つ姿を見上げると、思わず太陽の眩しさに目を細めてしまう。文字通り山の如しだった。

「これだけ大きいと、手入れも大変そうだね」

 生活感のあるリゼルグの言葉に、ミチザネはふっと笑い、二人を先導した。

「図面を見たことがありますが、表向きは意外と単純な作りなんです。侵入者をすぐ感知できるようにする為ですね。ただ、そこかしこに罠と抜け道が仕込んでありますから、なるべくアタシから離れないように」

 ミチザネを先頭に、三人は縦隊を作って要塞の中を進んでいく。一階の所々には鋼鉄製の扉があった。賊の侵入を防ぐ為であるという。

「王達は寝込みを襲われぬよう、上の階で寝泊まりしていたのです。一網打尽にされないよう、方々に散ってね。連絡はオートマータを使って行っていたようです」

 「確か……」と言ってミチザネは立ち止まる。壁にかけてあった使い古しの蝋燭を、彼が通路の奥に向かって投げると、獣のかな切り声のような音を上げて、床からびっしりと槍が生えてきた。

「おぉ、怖い。くわばらくわばら」

 確実に死ねる、とイズルとリゼルグは思った。

 その後も、炎上する床や、鉄球が降ってくる天井、硫酸の風呂と化している落とし穴、うっかり手を触れると矢の雨を浴びせてくる壁など……。バリエーション豊富な罠は三人を全く退屈させなかった。

「本気すぎるだろ。マジに殺しにかかってんじゃねぇか」

 罠を発見する度に、イズルは心臓が止まったような気分になる。彼とすっかり縮み上がったリゼルグを連れて、しかしミチザネはカラカラと笑った。

「王達にとっては、秘密基地を作ってるような感覚だったんじゃないですかねぇ?それも、大真面目にね。確実に殺すことを考えるなら、抜け道以外を全部落とし穴にした方が確実ですよ。でも、全部が全部、それってのもね。作る方も侵入する方も面白くない」

「そこにエンターテイメント性を求めてねーよ」

「でも、遊園地みたいでちょっと面白いでしょ?」

「お気に召さんわ」

 ふと、イズルが口を噤んだ。

 遅れてリゼルグも立ち止まり、ミチザネはにやりと笑った。ミチザネは小声でイズルに話しかける。

「……気づきましたか?」

「お前、気付いてたのかよ」

「ついさっきですけど」

「くそっ、罠とお前の馬鹿なセリフで気がそれてたぜ」

「私だって予想していませんでしたよ」

 野盗の類だろうか。三人の後をつけている者がいた。

「確かに、ここはヘリテージの宝庫ですからね。けれど、道案内が無ければ生きて帰れないことでも有名なはずですが……」

「たまたま居合わせただけじゃないか?で、俺達を見つけて後をつけてきたと」

「正確な所は分かりませんね」

 そう言って、ミチザネは顎をしゃくった。

「御本人にお答えいただかないと」

 ミチザネが言い終わるのとほぼ同時だった。瞬きを許さない速さで振り返ったイズルが、ナイフを闇に向かって放り投げたのである。矢のような速さで飛んだナイフが目標に刺さる感触を確信して、イズルは暗い廊下の向こうにいる「何か」に話しかけた。

 「腹をやられたろう?黙ってここで死ぬか、這って出てきて俺達に殺すべきか判断してもらうか、どっちか選びな」

 すると、一瞬の躊躇いの後、ズルズルと肉の入った袋を引きずるような音がし始めた。何かが、こちらへ向かって来ている。

 命中を確信していたが、イズルは再びナイフを構えた。曰く、『窮鼠猫を噛む』という。あるいは、『イタチの最後っ屁』とも。追いつめられた弱者は、思いもよらぬ力を発揮するものだ。屁で死んでは格好がつかないと、イズルは、いつでも『何か』を殺せる構えを見せていた。

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