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第四章 六十八話

 部屋でくつろいだ後は、特にすることもなく日が暮れた。翌日、俺達三人の午前は身体検査で時間を潰され、昼食を取る頃には、太陽が頭の真上を通り過ぎていた。

 部屋に戻った後、ドアをノックされたので、出口に近い俺が開けに行った。本当に何気ないつもりで開けて、そいつの顔を見る。

 最初の一瞬だけ「?」と、そいつの顔を認識するのに時間がかかった。

 全身が氷になったようにピシリと固まって、何度も何度も目だけ動かして、そいつの顔を、まじまじと見つめた。

 声は出ない。出せば、叫びに変わってしまうような気がする。そんなはず無いと何度も見れば見るほど、間違いないことを思い知る。

 凍りつく。体も思考も声も。瞳を閉じることもできずに。

 手紙を寄こしてきた時、ジェットを殺した時と同じ……。こいつはいつも、突然だ。

 唐突に――ルーチェの顔が目の前に現れて、俺は言葉を失った。


 けれど、その顔の両脇には、ツーサイドアップにした髪がぶら下がっていた。顔の下は本殿の衛兵達と同じ黒い制服にすっぽり包まれていて、胸の部分にはふくよかな段差があり、膝上のスカートからは生白い太ももが覗いていた。

 女……?

 ルーチェと同じ顔をした女が、眉間に皺を寄せて言った。

「なーにジロジロ見てんのよ」

 不満を隠そうとしない尖った声でそう言うと、女はプイッと鼻先を廊下に向けた。

「ババァがあんたを呼んでんの。どうせヒマしてんでしょ?さっさとあたしについてきて」

 俺達の返事を待つ前に、女はズンズンと、どこかへ向かって歩き出した。

「カタロスって奴も一緒にね」

 女は一度だけ振り返ったが、それだけ言うと、また前を向いて歩き出す。「めんどくさ」と呟きながら。

 何なんだ……?どういうことだ?

「彼女を追いましょう。見失ってしまう……」

 と、カタロスが俺の腕を掴んで言った。そうだ、こいつはルーチェの顔を知らないんだ……。どうりで落ち着いている。

 そうだ。考えている暇は無い。今は、女を追わなければ……。



 女が案内した(というか、そこに向かって歩いて行っただけだが……)のは、子どもばかりの部屋だった。渡り廊下を通って俺達がやってきた南側の棟は、子どもの居住地になっているらしい。部屋の中には、片言で話すような年の子ども達が、思い思いの遊びに精を出していた。集団から離れた場所で一人、隅で絵本を眺めている子どももいる。どこにでもそういう奴はいるもんだ。そこへ、わざわざちょっかいを出してそいつの気を引こうとする子どもも出てくる。やっぱり、こういうお節介な奴も、どこにだって一人はいる。

 ちょうど子ども達に囲まれる形で、元首は部屋の中央に座っていた。膝を折って、子どもを太ももの上に載せている。俺達に気付くと、元首は微笑んだ。

「ごめんなさいね。お客様がいらしたの」

 そう言って彼女は子どもを床に下ろし、部屋の入口に立つ俺達に向かって歩き出す。

 殆どの子どもは俺とカタロスをジロジロ見て黙り込んだが、何人かはチョロチョロと歩きながらこっちへ向かってきた。

「あっち行きなさいよ」

 二、三人の子どもが女の足に取りすがってきたが、女は「しっ、しっ」と、子どもを追い払う素振りを見せた。女……と言っても、こいつもまだ俺と同じくらいの年だろうか。不機嫌そうな顔しか見せないのと、踵の高いブーツ、そして制服のせいで、もっと年上に見えたが、じっくり見てみるとそうでもない。

「何見てんのよ」

 女……少女は身ぶり手ぶりとは裏腹に、ぐずり始めた子どもを抱き抱えてあやしていた。

「ちゃんと昼ごはん食べないから腹が減るのよ……」

 腹を鳴らしながら鼻水を垂れ始めた子どもに、少女は上着から取り出したビスケットを手渡した。その様子を、元首が口元を緩めながら眺めていた。

「さっさと行くわよ!」

 元首の視線に気付いた少女はそう言うと、子どもを床に下ろして、先陣を切って部屋の外に出た。俺達は連れだって部屋を後にし、その隣にある「観察室」という場所で話をすることになった。


 観察室からは隣の部屋の様子が見えるが、向こうからはこちらが全く見えない。隣の部屋にでかい鏡があったが、それが窓ガラスのように、向こうを見通す為の装置になっているのだ。

「どうしてこの場所に、僕達を?」

 カタロスはチラチラと隣の部屋を見つつ、用意された紅茶のカップに口をつけて言った。

「この子達は、どこから来たと思います?」

 元首もまた、紅茶を啜りながら言った。少女は無言でケーキを口に運んでいる。

「……ここで生まれた、ってわけじゃなさそうだけどな」

「中には、そういう子もいますけどね」

「拾ってきたのか?」

「まぁ……そんな所ですわね。そう。拾った、というのが正しいのでしょう。彼らは文字通り、捨てられていたのですから」

 まるで、馬車の荷台から転がり落ちた藁や人参のような言い草だ。

「ある者は仲間とはぐれていた所を助けましたけれど……。殆どの子どもは、みなしごですわ。多分、文字通りの意味で」

「文字通り?」

「彼らには、真の意味で親などいないのです。彼らは、受精卵から胎児になるまで、試験管の中で育った……。ガラスの子宮で育った子ども達なのですわ」

「…………」

「万密院で行われているリムジェミニの『人工飼育』。自然な時の流れに任せていては、時間がかかりすぎますわ。鼠と違って、人間は一つの個体が成長するまで十五、六年かかりますもの。出産の周期も十月十日で効率が悪い。基本的に一人しか産めませんしね。だから、培養液の揺り籠の中で育てるのです。母体からの出産で、自然に育つ子どももいるようですけどね。人工ベイビーとの比較用かも知れませんけど」

「人の成長を早くすることなんてできるのか?」

「ええ、不可逆的なものながら、既に実用できているようです。ただ、身体の成長を早めることはできても、知能の発達の問題がありますけれどね。こちらは脳の発達だけではなく、経験知が必要ですから。脳は知能の器に過ぎません。器だけ大きくなっても、仕方無いのですわ。まぁ、無知だからこそ、扱い易いのかも知れませんけれど……。私達が保護しているのは、失敗作とされ、捨てられた子ども達ですわ」

「どうして、そんなことを俺達に話す?」

 元首は少女にチラッと視線を送った。少女は一瞬だけ視線を受け止めて、またケーキをつまみ始める。

「その前に、お見せしたいものがありますの」

「何を?」

 元首は俺達に向き直って言った。

「真実を」

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