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第3章 五十七話

 ミチザネら一行は地下牢の階段を上がった。しかし、目の前にある通路の前で立ち往生する。身を隠す場所が無いからだ。

「遅れんなよ。これでもスピード落してんだから」

 そこをイズルが、先陣を切って走った。影走りと呼ばれる走法である。足音を立てずに駆け抜け、目の前で聴いているかのように、百メートル以内の物音を探知できる。イズルが持つ策敵能力をフルに活かして、三人は出口を目指す。

「本当にこっちでいいのか?ミチザネさんよ」

「あと十メートルほど先です」

「詳しいな」

「はい、そこで曲がって」

 コーナーを曲がり、三人は足を休めることなく走った。

「考えてみりゃ、俺達はあんたのこと、何も知らねーんだよな」

 聴き耳を立てたままイズルが訊ねる。ミチザネは、じっとイズルの背中を見つめた。

「関係無いとは言わせねーぜ。あんたとこの場所、どういう因果であんたが黄金の林檎に居たのか、全部確かめる必要があるかもな」

「嘘を言うかも知れませんよ」

「つく必要がある嘘なら構わないさ。けど、もう俺達は一蓮托生なんだ。三すくみって奴だな。誰かが他の奴を攻撃すれば、残りの奴にやられちまう。そんな関係だ。為にならない嘘だけはやめておけよ」

「罰ですよ」

「何?」

「アタシがあの場所に居た理由です。外から見れば罰、アタシからすれば……贖罪ですね。分かります?罪を償う、という意味です」

「……自分から進んで、黄金の林檎に閉じこもったのか?」

「アタシには抵抗することもできましたけれど、そうしなかったので」

「それって、どういうこと?」

 曖昧なリゼルグの疑問を補強するように、イズルが嘯いた。

「どうもこうも、ミチザネが大人しくお縄についたってことだろ。どんな悪さしたんだか知らねーが」

「そんな人が、黄金の林檎の管理を任されてるなんて変だと思うけど」

「任されているというより、私でないとあそこの資料を扱えなかったんですよ」

 イズルはちらっと、後方を走るミチザネを見遣った。一瞬で考え、即、決断したようである。そして、考えたことを口にした。

「……つーことはあれか、そっくりそのまま、同じってことじゃねーか」

「そ、誰かさんとおんなじ境遇」

「……咎負い」

 思わず呟いたリゼルグの言葉に、ミチザネが振り返ってウインクをして見せる。

「アタシを野放しにはできない。けど、アタシを殺すこともできない。アタシが死ねば、黄金の林檎にある資料の七割は死んだも同然ですからね」

「じゃあ学者なのか、あんた。ここにある永久機関とやらも詳しいみたいだったしな」

「研究者、と呼んでほしいですけどね。アタシは実学を重んじるので」

「元老院の連中が後生大事にしている黄金の林檎、そこにどんな価値があるってんだ?」

「その話は、君たちにもしたはずですよ。ジジイ達が何を欲しがっているのか」

 そう、いつかミチザネから聞いた夢物語……。万密院は、揺りかごなのだ。老人どもを生かしておく為の。

「不老不死、か……」

 何度口にしても実感が伴わない言葉である。そもそも、何故生物が「老いる」のかすら、イズルには分からないのだ。

「不老不死になるってことは、成長が止まるってことなのか?」

「逆ですね。常に『代謝が行われる』ということです。人間はある歳までは成長を続け、後はひたすら老いていきます。老いるとは、代謝機能が低下すること。皮膚、細胞、筋肉……。これらが消耗するスピードに、代謝が追い付かないわけです。かなり大雑把な説明ですけど。まぁ簡単に言うと、『一番イケてる時の状態を維持したまま、生き続ける』ってのが、不老不死の目指す所ですよ」

「生涯現役、みたいな感じか。そう聞くと、ちょっとなってみたい気もするな。不老不死ってのに」

「君がそう思うのは、若いからですよ」

「そういうもんか?」

「自分の未来が、ずっと明るく、安泰だと信じる。あるいは、明るい未来を手にする力が自分にあると信じている。若者特有の、根拠の無い自信です。でもその自信が、アタシ達にはとても眩しく見えるんですよ」

「なんだよ、急に……」

 ミチザネは笑った。その顔は、まるで我が子を見守る親のようだ。どう反応して良いか分からず、イズルは、思わず顔をそむけた。

「今は分からなくてもいいんです。どんな人間でも、過去を大切にするようになるのは歳を取ってからですよ。歳を取った自分を愛せるのも、歳を取った自分自身だけですからね」

 ミチザネが、緩やかに走るスピードを落とした。

「着きましたよ」

 レース場の馬になったようなつもりで駆け抜けた三人が辿り着いたのは、倉庫らしき場所だった。

「この先に抜け道があります」

「誰でも入れるじゃねーか、こんな所。不用心な」

「そ、入るだけならね」

 入口のすぐ横にある鏡にミチザネが手を触れる。すると、部屋の奥にある床が、ぽっかりと穴を空けた。その奥には、階段が見える。階段の先は通路になっているようだ。

「登録してある生体データに反応して、鏡に触れると隠し通路が現れる仕組みです」

「床に切れ目一つ無かったぜ……。これじゃ、見ただけじゃ分からねーな」

「急ぎましょう」

 イズル達は、口を開けた穴の中に向かう。三人はその奥にある、暗澹たる暗闇の中へ姿を消した。

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