第3章 五十四話
三日後、クネパスはパーティーを執り行った。三人にとって、お披露目があるセレモニーではなく、その後のパーティーが本命だった。三人は会場の前に立ち、入場検査を通過する。
ブスっとして目を合わせようとしないイズルを見て、ミチザネはニヤニヤ笑った。
「馬子にも衣装ですなぁ」
ミチザネとリゼルグはタキシードを着て来ていたが、イズルだけは合うサイズが無く、メスジャケットにキルトという服装になった。イズルは半ズボンを履くことに執拗な抵抗を見せたが、仕立て屋に丁度いいものが無いので、仕方なく諦めた。不機嫌そうなイズルとは対照的に、イズルを見るリゼルグはニコニコという音が聞こえてきそうな、満面の笑みを浮かべて言った。
「いいじゃない、よく似合ってるよ。僕の小さい頃を思い出すなぁ」
「褒め言葉のはずなのに殺傷力を感じますね」
首を傾げるリゼルグを置いて、イズルは周囲に視線を巡らせた。「領主」とやらは、既にこの場にいるのだろうか?乾杯を済ませた後も、それらしい人物は見当たらない。主催からそういう紹介がされることは無かった。
当然だろう。たとえば今の自分達のように……、誰かに狙われている可能性がある。クネパスも、同業者が彼と接触するのは避けたいはずだ。
「何でクネパスは領主を呼んだんだろう?危険はあっても、メリットが無いと思うけど……」
リゼルグも同じことを考えていたようだ。
「逆かも知れませんよ」
後ろに立つミチザネが言った。二人は振り返る。
「我々が彼らを探しているように、領主も、ここで誰かを探しているのかも知れません」
「なるほど、このパーティを使っておびき寄せてるか、ここを待ち合わせ場所にしているか……ってことか」
「領主とやらが、自然に人前へ姿をさらす状況を作るのは難しい。縄張り意識が強く、滅多に外へ出ない。彼らはそういう触れ込みですからね。何の理由も無く『領主が現れる』という噂を流しても、誰も引っかからないでしょう。外界とのコンタクトが少ない者たちですから」
「その仮定が合ってるんなら、領主が探してる奴に接触するってのもアリだな。探しに来てるってことは、領主を知っているか、領主を判別する手段を持ってることになる」
「まさしく。決して広く無い会場です。お互いに探し合うような行動を取る人間がいれば、かなり目立ちます。お互い何らかの理由があって、この場を使わなければ接触できない事情があるようですから、内心焦っているかも知れません。機を窺っていれば、ボロを出すかも」
「まぁ、その予想は五分五分って所だな」
「そうですね。的外れの見解かも知れません。ま、それでもいいでしょう」
ミチザネが視線を寄こした先を、イズルも振り返った。リゼルグが婦人に声をかけられている。まだ三十代に入ったばかりと見えて若々しい。華やかな化粧と服装のせいもあったろう。リゼルグはその手を取り、挨拶をして、微笑んで見せた。婦人が喜ぶのを見ると、そのまま手の甲に唇を添える。挨拶からその動作まで淀みなく、こんなに優雅な仕草が人間にできることをイズルは知らなかった。
そんなリゼルグを見たことが無かった。
「ほら……」
後ろからミチザネに囁かれて、イズルは前を見る。同じ年頃の少女――出席者の娘のようだ――がグラスを持って、イズルの前に立った。イズルは彼女からグラスを受け取ったものの、何と言えば良いのか分からない。結局、ぎこちなく笑ってみることしかできなかった。少女も無言で微笑み、フリルのついた裾を揺らしながら去っていった。
「おっと、それじゃあ、アタシも失礼」
ミチザネはどこかの夫人に声をかけられ、誘われるままフロアの中央に行こうとした。ちょうど、ダンスミュージックが流れ始めていた。
「おい、待てよ!」
イズルが呼び止めると、ミチザネは夫人の手を取ったまま振り返って
「美しい女性との歓談は、人生にひと時の安らぎを与えてくれます。乾いた砂漠に湧くオアシスのように、少しでいいけれど、でも、絶対にほしい。そういうものです」
その言葉がミチザネの本心だったのかは分からない。ただ、目の前の女性を意識したものだったのは確かだろう。気を良くした夫人と一緒に、ミチザネの姿がダンスをする客人達にまぎれていく。
「遊びでやってんじゃねーんだぞ、ホント……」
毒づくイズルをよそに、周りにはダンスをする為のカップルが続々と作られていった。壁際を見ると、花瓶の前に、先ほどグラスを寄こしてくれた少女がいる。壁に背を預けて立っていた。小さい彼女をエスコートしてくれる紳士がいないらしい。確かに、百四十センチあるかないかと言った彼女の背丈に合わせて踊るのは、大変だろう。しかし踊りたがっているだろうことは、彼女がカップルをずっと目で追っていることからも分かる。
ふと、少女と目が合った。イズルはまずいと思ったが、遅かった。彼女はグラスをテーブルに置いて、こちらに向かってくる。そして、「お相手してくださらないかしら?」と、言葉だけは貴婦人そのもので、少女はイズルに手を差し伸べた。
「(……ダンスなんてやったことねーぞ)」
イズルが戸惑っているのを見て、少女は微笑んだ。イズルの手を取り、膝を曲げてドレスの裾をつまみあげる。
そして、彼女はイズルの背に腕を回した。その笑顔からは、少女の声で「大丈夫よ」という言葉が聞こえてきそうだった。
「…………」
少女がリードして動くのに合わせて、イズルはたどたどしく足を運んだ。段々リズムが取れてきて、動くのが苦にならなくなる。次にどこへ足を運べば良いか、見当がつくようになった。
少女は一層微笑んで見せた。イズルは、それにどう返して良いのか分からなかった。ただ、ぎこちなく笑うしか無かった。
ミチザネは婦人とステップをしながら、周囲に視線を巡らせていた。自分がリードすれば、踊りながら会場のあちこちを回ることができる。パートナーを交換しながら、自然に移動できる。多分、怪しまれてはいない。
恐らく、「彼ら」もこの場に来ているはずだ……。今ここで行われているパーティーは目くらましに過ぎない。人がたくさん集まっても、不自然でないように思わせる為に。このパーティーの裏で起きていることこそ、領主がこの場に足を運んだ、本当の理由だ。
恐らくは地下。そこに目的のものがある。会場の場所をテオドールから聞かされた時点で、ミチザネにはある程度パーティーの、真の目的に見当がついていた。そして、それをリゼルグ達に告げるべきか迷ったが、確証が無いので伏せた。確証が無いというのは、つまり、本当にそのような取引が起きているのか断定できないということと、本当にリゼルグやイズルを信用して良いのか、判断しかねているということである。
二人のどちらか、あるいは両方が自分を監視している可能性がある。こうして自分をここに連れてきたのも、利用する為なのかも知れないのだ。
自分が名乗り出なくても、彼らは自分を連れ出して行ったかも知れない。自分から同行を申し出たのは、彼らの反応を見る為だった。二人とも、ミチザネの同行を予想外に思っているように見えたが、そういう演技をしていたのかも知れない。
ミチザネが判断しなければならないことは一つつ。地下にあるものを手に入れるであろう領主と、リゼルグとイズルの二人を、接触させても良いかどうかということである。