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第3章 五十三話

 リゼルグの兄は「テオドール」と名乗った。三人と向かい合うように座る。

「お前が家を出て、もう二年と四か月か」

 その時、テオドールは既に家を出て会社を興していた。事業の急成長に歯止めがかかり、そろそろ立て直しをしなければならない時期にあったという。

「よく覚えてますね。そんな細かいこと」

「俺の誕生日の翌日だったからな。驚いたぜ、親父から『もうお前に弟はいない』っていう手紙が来たからさ。誰も説明してくれなかったけど、次の週にお前の墓を見に行って、なるほどなって。医者に死亡診断書まで作らせたんだ。こりゃ、よっぽどのことだと」

「彼には立場がある。父としての彼と、当主としての自分、どう折り合いをつけるか悩んだ結果の行動だったと……今なら、そう思えます」

「もっと親父の仕打ちを恨んでいると思ったが、大人になったな」

「鈍感になっただけかも知れません」

「同じことかも知れん」

「兄さんは変わりませんね」

「お前は相変わらず、コーヒーは飲めないか」

 来訪者三人の中で、リゼルグだけが紅茶を頼んでいた。

「コーヒーは……ブライアンが飲ませてくれなかったので。胃が荒れるからって」

「あのじじぃも、今は故郷くにに帰ったそうだ。お前がいなくなって張り合いが無くなったんだろう、急に老けこんだらしい」

「訊かないんですね。僕が出て行った理由」

「何を言ったってお前は出て行ったろうし、今言った所で帰る気もない。そうだろ」

 そこで初めて……兄と再会してからようやく、リゼルグは微笑んだ。

「もう、クロスラインという名前も捨てました」

「お前は一番年の近い兄弟だったからな。なんだかんだ、俺はお前といるのが一番気楽だった」

「僕と遊んでくれたのは兄さんだけでしたね」

「随分、背が伸びたな。昔はあんなチビだったのに……」

 テオドールが子どもの頃の呼び名で囃したてると、リゼルグはむっと口を結んだ。

「その呼び方、やめてください。もう子どもじゃないんだから……」

「そうか?この呼び方の方が可愛げがあると思うけどな」

「だから昔の話はしたくなかったんだ……」

 蚊帳の外へ置かれたイズルとミチザネは、顔を見合わせた。ミチザネは片眉を吊り上げてみる。トップクラスの軍産企業、その経営者と会議室で談話している……はずなのだが、まるで、正月に田舎で親戚が集まった時のようだ。

「おっと、商売の話だったな。お前がこの世界に首を突っ込んでくるとは、余程の事情があったと見える」

 リゼルグはかいつまんで、ミチザネが時々補足しながら、テオドールに経緯を説明した。ただし、万密院における謀反の可能性があることは伏せている。

「戦争したい、仕掛けてやりたい国や組織は今日日珍しくないが、ヘリテージ絡みとなると、関係者は限られる。そもそも、ヘリテージを手にすること自体が困難だからな」

「ご存知のことだと思いますが」と前置きして、ミチザネが口を挟む。

「企業と研究機関が結託していることも考えられます。研究を続ける上での最大の問題は、施設の維持です。必要な研究が終わったからといって、おいそれと解体できるものではない。必然、研究を続けなければいけないのですが、それも難しい」

「仰る通りですね。実はもう、目星がついています」

 テオドールの言葉を合図にしたように、扉の向こうから秘書氏が現れた。書類を持ってイズル達に近付いて来る。

「連中はクネパスと名乗っています。所在地はイタリアーナ。民間の企業だが、その系譜はイブリースの分派に遡る」

「イブリースの分派……?離反組ということですかね?」

「まさしく。ミチザネ氏の仰る通り、クネパスはイブリースから枝分かれした組織の一つだった。最初はね。現在、兵器製造を生業とする彼らのアドバンテージは、独自でヘリテージを囲い込んでいることです」

「できるんですか?そんなことが」

「エペにいるお前の方がよく知っているはずだ。万密院が手を出せない場所、その一つはイブリースだ。そして帰らずの監獄島ロックイット。あとは……」

「なるほど……。ゲヘナですか。クネパスが彼らと結託している可能性があると」

「そういう話は前からありました。加えて近頃、ゲヘナの動きが活発になっています。各地に散ったメンバーを集めているらしい。反面、クネパスはビジネス上の付き合いを狭くし始めた。何かに注力しているようです。生産ラインを常時回せるような体制を整え始めている」

「つまり、これから戦争があると?」

「今の所、一番におうのはクネパスです」

「お兄さんは、アタシたちに協力的なのですね。そうするメリットがあるとは思えませんが。助力を仰いでおいてなんですが、自ら危険な状態に足を踏み込んでいらっしゃるのでは?」

「たとえ俺が協力を拒んでも、あなた達はいずれクネパスにたどり着いたでしょう。どんな手段を使ってもね。それならば、俺づてにクネパスへ接近していただく方が安全だと考えたのです」

 テオドールはリゼルグに視線を寄越す。リゼルグは身じろいだが、黙って兄の視線を受け止めた。

「血や名前を分かつことになっても、お前と過ごした時間が消えるわけではないからな」


 ウルスラグナの玄関を出た三人は、向かいの喫茶店へ入った。改めて、テオドールから渡された書類に目を通す。

「しかしクネパスとは、いやらしい名前をつけますなぁ」

 一人得心が言ったように、ミチザネはニヤニヤ笑った。リゼルグが首をかしげる。

「クネパスとは、古来、黄昏を指した言葉です。黄昏時は『誰そ彼』時。目の前にいる相手すら分からなくなる時間。逢魔時とも言います。逢魔時も、元は『大禍時おおまがとき』と呼ばれていました」

「嫌がらせみたいな名前だな。普通、自分たちにそんな名前をつけるか?」

「敵対者に滅亡を感じさせる、これ以上の言葉もありますまい。古来より、太陽が消えて闇が支配する時間を、誰もが恐れたのです」

「そんな根性曲がりとゲヘナ……。もしかしたら、両方相手にしなきゃならねーんだよな」

「クネパスとゲヘナにどれほど深い繋がりがあるのか、現時点では分かりませんがね」

 テオドールが寄越した書類に挟まっていたのは、三人分のチケットだった。クネパスが開くパーティーに参加する為のものだという。新製品のお披露目という名目だが、もっぱら他企業への牽制が目的だろう、というのがテオドールの見立てだった。

 マギを利用したオートマータの量産化が本格的に進んでいることをアピールする為なのは勿論、本来、適性がある人間しか使えなかったマギを利用した兵器を、「誰でも」使えるようになる可能性を見出したとあれば、他企業にとって、今以上にクネパスの存在はプレッシャーになる。クネパスに取り入ろうとする者も増えるだろう。軍事産業以外からの業務提携もありうる。

「とはいえ目立った動きを見せれば、イブリースと万密院が捨て置かないでしょうね」

 そしてそのパーティーには、ゲヘナのイタリアーナ地方を治める「領主」が現れるとの噂があった。

「領主殿に接近するのは危ないでしょうが、せめてそのねぐらを掴めれば、道も見えてきますね」

 宿の話を始めたイズルとミチザネを前にして、リゼルグは別のことを考えていた。ただし、全く関係の無い話ではない。むしろ、これから避けて通れない問題である。リゼルグは退出する間際、耳打ちしてきた兄の言葉を思い出した。

「お前が来る前に調べたが、ミチザネ氏のことで一つ気をつけておいてほしい。経歴を調べたが、彼には戸籍が存在しない。出生届けも、住所録も、死亡届けも無い。どこかに住んでいたという記録すらないんだ。ホテルの宿泊記録だって無い。個人の力でこんな情報をもみ消せるはずがないんだ。もしかすると、あのイズルという少年以上に注意が必要かもしれん」

 自分、イズル、ミチザネ。全員が全員、互いのことを殆ど知らないのだ。考えて見れば、誰もが怪しい状況と言える。この中の誰かが咎負い奪取の手引きをしたのかも知れないし、わざとクネパスの方へ自分達を導いている可能性もある。

 そんな疑いを三人が三人、心の中でお互いに向けているのかも知れないのだ。

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