第三章 四十八話
進むにつれ分かったことだが、複数仕掛けられているのは、罠だけでは無かった。正解の道も、複数あったのだ。正確には、それを開く為の「鍵」だったが。フリードが言うには、
「鍵のタイプから、ネフェリムの能力は四つのタイプに分けられる。物体が持つ性質の『増強』、物体を動かす『制御』、浮遊するなど特定の性質を物体に与える『付加』、魔法の力を別の物体に変える『変換』。後は『例外』……。『制御』タイプの鍵は、対応する特殊な能力でしか開かない」
他にも、鍵には「強度」が設定されていた。具体的には、火薬百個分の火力が無いと吹き飛ばせない頑丈な扉とか、城一軒分くらいはある水槽に水を貯めないと開かない扉とか、ある程度「その道の能力」を極めた者でないと、進めない道があった。
フリードの能力で開け方が分かっても、こうした理由で開けられない扉が結構あった。今まで見た道の五分の一がこういうタイプだ。「どんなに傷つけても再生する人食い花」が扉を覆っていて、先に進めないという道もあった。この場合、花から「生命力を吸収」すれば、花が枯れて扉が開くらしい。
「どこかへの近道になっているのか、隠し部屋に繋がっているのか……。そんなとこだろうな。ま、俺達は出口まで行ければ、それでいいけど」
俺は横を走るフリードをちらっと見遣る。奴が急ぐ理由は脱出の為というより、ジェニーの安否を気にしてのように見える。
「応援を呼ぶのか……?」
「え?」
「お前は、研究室に戻ろうって一度も言わなかった。でも、このまま引き下がるとは思えない。ジェニーを助ける為に仲間を呼んで、ここへ戻ってくるつもりなんじゃないのか?」
俺達が外へ出ると言った時、フリードは何も言わなかった。ジェニーを助けに戻ることを、一度も考える素振りを見せないのは不自然だった。
「そんなに強いのか、奴らは?」
「……奴らに遭遇した調査隊が全滅したことがある。俺が初めて調査に同行した時のことだ」
フリードは否定しなかった。ゲヘナの強さも、ジェニーを助けに戻ることも。
「ジェニーに引っ張られて前線から抜け出した時、俺もジェニーも一ヶ月寝込むことになった。今思えば、連中が俺達を逃がしたのは見せしめの為だったんだと思う。戻ってこの恐怖を仲間達に伝えろ、二度と我々の縄張りに足を踏み込むな――。連中の追い立てるような視線から、そう言われているような気がした」
「縄張り?」
「俺達は知らなかったが、奴らの根城がその場所にいくつかあったらしい。調査隊は何も知らずにそこへ足を踏み入れた。それだけ」
「警告も無しにかよ。血の気の多い連中だ」
「世の中全てを敵だと思え。そういう生き方を先祖から学んでるんだ」
「…………」
「俺もそうだったからよく分かる」
「お前もゲヘナのメンバーだったのか……?」
「いや……。!」
フリードと俺が同時に気付いた。目の前の階段を何本もの光の筋が照らしている。
「とりあえず、外へは出られそうだな……」
安心したのか、それを口にした瞬間、膝の力が抜けそうになった。ここでようやく、俺は自分が緊張していたことに気付いた。いや、正確には焦り……むしろ、「不安」を感じていたのだろう。やっとそれを自覚した。
「良かった、良かった。本当に……」
カタロスも膝が笑っている。奴は出口を前にして、転がるように外へ出た。怪しい足取りだが、俺の手を取ろうとする。そして頼りない力で、俺の手を握った。
「見りゃ分かるって。大げさだな……。おい、そんなに強く引っ張るなよ……」
カタロスはやめるどころか、笑い始めた。声を立ててこいつが笑うのも、いつぶりだろう。それくらい、地下に居たのを長く感じられた。フリードの表情にも、幾らか落ち着きが戻ってきている。
さっきの話を続きを聞くタイミングは逃してしまった。それでもいい。今は一刻も早く本部へ戻る必要がある。近くにあったキャンプで馬を借りて、俺たちはキンドルガデルデンへ向かった。
冬のようだった。白と黒しか無い世界。鼻をつく炭の匂い。生暖かい、焦げた肉の匂いが鼻を覆う。
俺たちがキンドルガルデンへ戻った時には、全て終わっていた。ゲヘナの連中は焼き討ちを終えて、とっくにねぐらへ戻っていったらしい。恐らく、俺たちが街を出て半日くらい後のことだったのだろう。まだ、崩れた屋根や柱から煙がくすぶっている。
街にあったマギの動力源は全て破壊されるか奪取されるかの二択、住民は皆殺しの一択だった。カタロスは街の外で待っている。一度吐いた時点で外に出してやったが、まだ悪寒が止まらないらしい。
俺は仕事柄、死臭には慣れている。しかしこの景色から嗅ぎ取れるのは、それだけじゃない。
憎悪。あるいは悪意。殺す――。連中は、それだけでは飽き足らなかったように見える。今後この場所に一切の命が生まれることを許さないような、強烈な「意志」を感じる。この殺戮は行きがかり上のものではなく、明らかに意図されたものだ。
「フリード……」
何と声をかけるべきか。そもそも声をかけるべきか?いや、ここでこうして居ても仕方がないだろう……。
一瞬ためらった上での呼びかけだった。フリードは、呼んだ俺を振り返ろうともしない。しかし声だけは、録音したものを再生するような味気無さで
「イブリースに行く。彼らに助けを求めるしかない。俺たちじゃ、もう、どうしようもない……」
もう、ジェニーについて何か言う気が俺には無かった。こんな状態で何が言える?この状況を前にして「きっと無事だ」と言えるほど俺は無責任では無かったし、俺自身、他人に希望を与えられるほど気の利いたことを言う余裕が無かった。