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第三章 四十六話

 俺は気を失っていた。目を覚ますと同時に、慌てて上半身を起こす。体を支えようと背後へ腕を伸ばすと、手の平が床に沈んだ。そのまま後ろへ転がりそうになった俺の腕をフリードが掴む。

「床は反発の低い素材。これで落下の衝撃を吸収してる」

 ウレタンという素材でできているらしい。

「まるで、ピストルの弾になったような気分ですよ……」

 そう言ってよろよろと体を起こしたのは、カタロスだった。持ち上げた頭がまだふらついている。

「お前、膝笑ってるぞ」

「あははは……」

 カタロスが回復するのを待って、俺達はウレタンの床から降りた。フリードは鞄から取り出したランプに火をつけて、周囲を見回している。

「ここは?」

 俺が顎を上げると、フリードが鞄の中を漁りながら言った。

「緊急脱出経路。さっきのような状況に備えて先人達が作った」

 そうだ、さっき見た連中……。あれは……

「あいつらは一体、何なんだ?」

 どうやったのかは分からないが、連中は一瞬で床をへこませた。ただの野盗ではない。フリードが壁のスイッチに手を触れた。一瞬で部屋の中が明るくなる。

「ネフェリムが地上から消えた後、生き残った人間同士で作った集落がイブリースの始まり。ヘリテージを掘り起こしたイブリースが作ったのは、ネフェリムの生き写しだ」

「生き写し?」

「ネフェリムの、クローンってこと」

 クローン、という言葉がどういう意味なのかは分からない。ただ、生き写しという言葉から、自分と同じ姿をした人間が鏡の向こう側にいる光景が思い浮かんだ。

「正確には、ネフェリムが持っていた力を、人間に発現させようとしたってこと。そこで、色んな能力を持った人間が生まれた……らしい。念じるだけで人を殺せるとか、目をつぶるだけで、考えていることを遠くの人に伝えられるとか」

「火を起こすとか水が湧き出るとか、そういう力が欲しいってのはまだ分かるけどな。それじゃまるで……戦争でもするみたいだぜ?」

 フリードは何かを投げて寄こした。受け取った俺の手の中にあるのは、ロケットのついたペンダントだった。ロケットを開けてみると、宝石が入っている。見た目はサファイアと呼ばれる物に近い。しかし欠けている。破損したというより、二つに割れたという感じだ。

「俺達を襲ったのはゲヘナ。ゲヘナは、イブリースから離反した人間の集まり。ずっと昔の話だ」

 欠けた宝石の形は離反を表すのと同時に、元は互いが一つの存在だったことも示している、とフリードは語った。

「クローンとして生まれた人間が、自分の持つ力を知って取った反応は三つ。力を歓迎して使役する。力の存在を受け入れるけど力を使いたくは無い、でも、結局は使う。もう一つは……何故こんな風に自分を作ったのかと、創造主を憎む」

「力を持って生まれるのが当たり前の社会で育ったんなら、創造主を憎むってのは不自然だと思うけどな」

 自分で言ったが、俺は、「それはどうだろう」と考えた。全ての人間が人殺しの力を持って生まれるとして、俺は自分が持つ力を、どう捉えるのだろう。

 どう考えても、人殺しは人殺しだ。

「全ての人間がクローンだったわけじゃない。それは、さっき君が指摘した通りだ。戦う力を持った者が作られるということは、誰かが人殺しをさせようとしているということ。クローンは優性種じゃない。むしろクローンは、絶対的に……使われる側の存在だ」

 奴隷と言ってもいい。

「だから離反したのか」

 もっとも、イブリースが百八十度方向転換をして、今のスタンスを貫くようになった理由は謎だった。ともあれ確実な事実として、クローンを作ることに成功したイブリースさえも、自分達の楽園を築けなかったのだ。

 万密院はどうだろう?連中は遠からずイブリースと同じ道を辿るだろう。そこで、イブリースと違う判断ができるのだろうか。連中の青写真にそれはあるのか。ネフェリムでさえ辿りつけなかった神の地の門を開く鍵が。

「俺達を襲ったのはゲヘナ。かつてイブリースから離反した者の子孫がそう名乗っている。今もクローンの血が流れているようで、ああした能力を使ってくる」

 あんな衝撃を生身に受けたらひとたまりも無いだろう。むしろ一撃で死ねればいい方で、手足を潰されてその後、延々拷問されるということも考えれる。

「都合のいい能力だぜ、全く」

 便利なものだ。けれど自ら望む力ではない。

「お前……フリード、か。詳しいな、イブリースのこと」

 少し立ち入ったことを聞くことになるかも知れないが、できることなら探りを入れておこうと思って訊いた。万密院の中に居ても掴めなかったイブリースの実体。どうせ話せること・話せないことの判断はフリードがするのだ。聞けることは聞いておきたい。

「機会があれば、いずれ話す」

 商売の世界でそれは「その気は無い」と、ほぼ同義だ。

「ただ……その時期は、案外近いかも知れない」

「?」

「とりあえずここから出る。多分、これが鍵だ」

 フリードがこつこつと爪先で床を叩いた。床に足跡を象ったようなマークがついたレリーフがある。その上にフリードが載った。引きずるような音がして反射的に右手を振り返ると、奥にある壁に、ぽっかりと穴が口を開けている。

「生体センサーが点いてる。生物以外の重量には反応しない」

 フリードがレリーフから降りて、代わりに鞄を置いてみるが、壁に開いた穴はみるみる閉じていった。仕組みは単純だ。試しに俺がやってみてもいい。ただ一つ、気になることがある。

「……ってことは、誰か一人、ここに残らないと外に出られないんじゃないのか?」

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