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第三章 四十四話

 神はどこにいると考えられたか。空だという時代もあった。海の底にいると考える国もある。決まっているのは、死者は常に土の下だということだ。これはどこの国でも同じらしい。遠い砂の地では、地上に支配者の墓を作ったというが、そんなことをするのは権力者だけで、大概の人間は土の下に埋まる。あるいは水底に沈むのだ。それを、神の住む場所へ帰ると表現したりする。

 ここは多分、神の住む場所に最も近いのだろう。懐中電灯の明かりを頼りに、俺とジェニー達は地下へ向かう階段を下りた。

 ジェニーが案内した場所は、仲間内で「墓場」と呼ばれるらしい。ネフェリムの遺跡はいくつもあるが、墓場と呼ばれるものは少ない。墓場と呼ばれるのは「ネフェリムが住んでいたが神の災厄によって滅んだ」場所だけだという。人がいなくなって朽ちた廃墟なんかは「遺跡」というわけだ。

 ジェニーが先頭を切って歩き、彼女は、自分の中に流れる血の歴史について語った。

「移住って言っても、私達の先祖もそんなに遠くまでいけなかったのよ。それに、自分達の生まれた場所から離れたくなかったのかも知れない。昔は、『土地が人を祝福する』って考えてたらしいから」

「我ら、祝福されし民なり、か。どこかで似たような言葉を聞いたな」

 それはエペに入隊した時のことだ。勿論、ここで口に出して言うことは憚られる。そしてこの言葉の裏には、その意味以上の思想があった。「我々は祝福された、特別な民である」というものだ。いつか救世主に選ばれ救われるべき民である、とも言う。

 くだらない。

「多分、最初は『結界』みたいな考え方だったんだと思うわ。街の外には異国人や猛獣がいる。だから、みんなで団結してこの土地で生きていこう、私達を祝福する神が助けてくれるから。そういう素朴な信仰だったんだと思う。この範囲なら、まだ、信念とも言えるかも知れない。けれど、マギを手に入れた後は、あなたの言う通りだったんだと思う。私達の先祖は外の世界に出たくなかったし、出る必要も無かった。外の世界の者も、中に入れたくなかったんだと思う。外の世界の人達のことを、蛮族って呼んでたくらいだから。自分達は特別だ、神に約束された場所に住んでるんだって、思うようになったの」

「結局どこも一緒だな。東も西も、今も昔も」

 くだらない。

「この場所は天罰で滅んだ……って言われてるわ。多分、『神の怒りが落ちてきた』んだって。それでも所々、何かの柱みたいな物が残ってるし、こういう風に地下通路が残ってる場所もあるの」

 生き残った連中は、何らかの理由で外に出かけていた者達だと言う。僅かに残った者達で、この場所に移住し、そこをキンドルガルデン――子ども達の庭と名付けた。どこに行っても自分達を「子ども」と呼ぶあたり、血から与えられた出自を、全く捨てる気が無いことが分かる。子どもとはつまり、「ネフェリムの子ら」という意味だろう。

 そんなに大事なのか。何に生まれるかということが。

「着いたわ」

 道中、全く口を利かないフリードをしんがりに、俺の後ろを歩くカタロスは、途中で何度もつんのめりながらついてきた。湿気のこもる地下道。

 ロックイットの「老師」に会う時もこんな道を通った。やはり、隠しごとをするなら地下が一番安全ということだろう。モルゲンシュタインの聖堂もそうだった。大事なもの、やましいものを隠すのに、土の下はうってつけなのだ。

「これをつけてね。絶対に素手では触らないように」

 そう言ってジェニーが寄こしてきたのは革手袋だった。

「どうなっても、保障できないから」

 拓けているというよりは、広い空間の中に何も無いと言う方が正しい。部屋の中央に、柱のような物が立っている。それ以外に目につくような物は無かった。柱の表面には切れ込みが入っている。その周囲をぐるりと囲むように通路がある。柱と通路の間には三メートルくらいの隙間があり、通路の内側に沿って、人の胸ほどの高さの柵が立てられていた。転落防止用だろう。

「この柱は砲台って呼ばれてる。分かってるのは、そういう風に使われてたらしいってことだけ」

 俺は顎を上げて、柱の頂上を望もうとした。何も見えない。視認できる範囲だと、柱の先端は針のように細く、その先は、闇に阻まれて何も見えなかった。

 ジェニーは俺達を引き連れて、柱の周りを半周した。入口側からでは見えなかったが、画面モニターというらしいが一つだけついた、台座のようなものがあった。少なくともネフェリムが滅ぶ直前にはあったと思われる代物だが、錆びも欠けも無い。埃の下にあるモニターに触れてスイッチを入れると、ウィンウィン唸りながら稼働し始める。

「この砲台、今も使えるのか?」

「理論上は。でも鍵が無いから、私達には使えないわ」

「動いてるように見えるぞ」

 スイッチを入れた瞬間、柱の表面の切れ込みから灯りが漏れてきた。電気で動いているのだろう。柱は時計回りに回転している。通路と柱に隙間があった理由は、これだったのだ。何の為に回転しているのかは分からないが。

「動力炉を動かせないから、弾が撃てないのよ」

「砲台が動いてるのに、動力炉は動いてない……?」

「つまり、砲台を動かす力とは別に、弾を撃つエネルギーがいるということですね。その為に、動力炉を動かす必要がある」

 声を出したのはカタロスだった。カタロスは……特にどうということもない。黙って柱を見つめていた。他人の視線にも一向に構わない。珍しく、無表情だった。

 一体、どこを見ているのだろうと思う。全く俺を視界に入れていないその視線が、よそよそしい。まるでカタロスが体だけ置いて、どこかへ行ってしまったかのように思える。

「……わけ分からん」

 口の中で反芻しただけのつもりだったが、声に出てしまっていた。

「何か言った?」

「別に」

「まぁ、いいけど……。そ、お兄さんの言う通りよ。この砲台で撃つのは鉛の玉なんかじゃないわ。もっと高次のものよ。それは、魔法って呼ばれてる。そういうエネルギーが、この塔の頂上から放たれるらしいの」

「これも、マギなんですね?」

「まさしく。むしろこれが、現存するマギの中で一番『神に近い』と考えられているものよ」

「神に最も近い場所、あるいは、神に最も近い形ですか。それこそ、そんなものを作ったことに対して、神から天罰が下りそうですね」

「多分それもあって、この場所に怒りが落ちたんだと思う。バベルの塔は神に触れる為に作られたけど、これは、その先にあるものを目指したマギよ」

 到達の先を目指すもの……?神を目の前にして、神の子ども達は、何を望んだのだろう。

「図面でしか確認できていないけど、この柱の先端は、矢のようになっているらしいの」

 俺はもう一度、柱を見上げる。

 ネフェリムがこれを作った理由は、とても単純だった。彼らは自分達の行動が、神の意志に背いていると知っていたのだ。

 そして、もう後戻りできないことも。神に許しを乞うことだって、きっとできないことを。

「人類で初めてだと言われる、親殺しの塔。そして神をも滅ぼす剣。私達の親は、この塔を、そう呼んでいたわ」

 あるいは神を越える、新しい神を誕生させたかも知れない場所だとも。

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