表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/101

第2章 四十一話

 午後の診察が終わったメレグは、レストランへ向かった。最近は、どこに居てもオールド・ワンの視線を感じる。どこか人の居る所で気を紛らわせたい。そう思って、メレグはわざわざ一駅先の店を選んだ。と言っても、適当に目についた店に入っただけだ。何か頼んで、出来る限り、ここで気分を落ちつけてから帰りたい。パスタと前菜、食後に紅茶を頼んで、メレグは窓の外を見る。

 カタロスの話だと、万密院の中では、内部分裂まで起きそうな気配がある。危機的状況の時こそ、人は団結すべきだが、えてして結果は逆になる。一番の原因は「相手への不信」だろう。元々万密院は、規則・恐怖・利害で統制された組織である。どれか一点でも欠ければ、互いが互いを食い合うようにして崩壊するだろう。利害関係を失った者は、他に先んじて利益を確保しようとし、恐怖を乗り越えた者は恐怖の根源を断つことを考え、規則から脱却した者はどんな手段を使っても自分を守ろうとする。どれにしろ、万密院崩壊の一手になりえる。

 既に食事は終え、二杯目の紅茶に手をつけていたメレグの所へ、ボーイが寄ってきた。まだメレグのポットには、十分な量の紅茶が入っている。

「……何か?」

「こちらを」

 そう言ってボーイは、一揃いのカップとソーサーをテーブルの上に差し出す。ミルクも用意されていた。メレグはストレート派だ。滅多にミルクは入れない。

 そこで

「紅茶だって、聞いたからさ」

 聞きなれた声がした。

「だから、自分で頼んで持ってきた」

 デカンタの中で、淹れたてのコーヒーが波打っている。色は、向こう側を全く見通せないストレートの黒だ。

「カタロスくん達は、無事ロックイットを脱出したよ」

 コーヒーの入ったデカンタを片手に、オールド・ワンが微笑んだ。


 不運は唐突に訪れるが、オールド・ワンは、彼自身がそうしたいと思った時に訪ねてくる。彼は、気まぐれのような不運と違って、狙った獲物を射止めるまで追い求める。

 自分にそうできる力があると知っているからだ。

「不思議に思っていたんですが」

「何?」

 最初からそこが自分の席だったように、オールド・ワンはカップにコーヒーを継ぎ足している。

「どうしてあなたは、彼らが捕えられるのを阻止できなかったのですか?あなたの『目』が、彼らを監視していたはずです。だからこそあなたは、彼らに迫る追っ手を、全て返り討ちにすることができた」

「あれ?知ってたんだ。ぼくとしては、影から救いの手を差し伸べるあしながおじさんのつもりで、二人には黙ってたんだけどな」

「ジェット氏に追っ手が来ていたなら、当然、彼らにも刺し向けられていたでしょう。それなのに彼らの生活には何の変化も無く、むしろ、ジェット氏が死ぬまで、自分達に刺客を向けられていることに気付いていないようでした」

「その言葉、半分は予想で、半分は推測って所だね」

「ええ。ですが、あなたが今、事実であることを認めてくれました」

「そうだね。でもそうだとして、そのことに何の意味があるだろう?」

 オールド・ワンはポケットに手を突っ込む。「不作法な」とメレグが注意する前に、ポケットに突っ込んだ彼の右手が、テーブルの上に差し出された。その指の間からこぼれてきたのは――

「サイコロ……?」

 二組みのサイコロだった。サイコロはテーブルの上を転がって、メレグの目の前で止まる。

「ねえメレグちゃん。ゲームを楽しむなら、君はどの人になりたい?観客?それともプレイヤー?」

「…………」

「ぼくの一族は観客になることを選んだ。ラジオと一緒でね、飽きるのが嫌だからたくさん番組が欲しいってんで、世界のあちこちに『目』を放っている。世界は大きな舞台で、その中で人々はヒーローであり、ヒロインであり、ヒールであり、エキストラだ。誰かの住むアパートも由緒ある遺跡も、彼らにとっては、舞台の上にあるセットに過ぎない。選挙や戦争はイベントの一つだし、人々の噂話はこれから起こる事件のイントロダクションで、何気ない人々の仕草全てが伏線になりえる。ワールドワイドで変わり続ける、終わりの無い番組の誕生だ。全世界をリアルタイムで中継中、ってとこだね」

 巨大スクリーンと、辺りを覆い尽くすほど存在する映写機。そんなものを、メレグは想像する。気に入らない映像はカット、もしくは上映中止だ。そのままフィルムを入れ替えてやればいい。

「でもね、それじゃ面白くないんだよ。ひたすら長いだけのフィルムを見させられるなんて、ぼくには耐えられない」

 オールドワンはテーブルの上からナプキンを一枚とって、そこにマス目を描いた。すごろく、という奴だろう。あみだのようになったマス目が並んでいる。オールド・ワンはサイコロを一つまみして、手の平の中で転がす。

「一番楽しいのはどれだろう。観客?それともプレイヤー?」

 オールド・ワンはテーブルの上にある入れ物から角砂糖を二つ取り出して、マス目の上に載せた。角砂糖を駒に見立てているのだろう。

「違うね。ゲームマスターだよ。ゲームの創造主が、一番楽しい」

 安全圏でスリルを楽しむ観客。ゴールに待つ報酬を目指すプレイヤー。創造主はプレイヤーの道のりに、様々な障害を仕掛ける。

 オールド・ワンは、サイコロを振った。創造主が作る道の上を、角砂糖は進む。神の定める法に則り、オールド・ワンが用意したサイコロの出す目に従って。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ