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第2章 三十五話

 イズルが知りたいのは、咎負いが持つ価値だった。

「簡単ですよ。そんなに難しいことじゃありません」

 ミチザネは長い指に挟んだ林檎に、齧りつくふりをしながら言った。

「万密院がここまで巨大な組織になった原因、罪人でありながらその者を生かしておかなければいけない理由。そう考えていけば、自然とそのワケは限られてくるもんです」

「ヘリテージか」

「お察しの通り」

 ヘリテージは、万密院が所有する、先人ネフェリムの遺産だ。高度に発達した先人の文明が遺した産物を研究し、実用化することで、万密院は今の地位を築き上げた。

「じゃあ咎負いって奴は、研究者が技術者って所か。恐らく、奴がいないと、ヘテージの解析や開発が進まなくなるんだろう」

「ふふ、いい線行ってますよ、その考察」

「……問題は、その先か」

「ええ」

 つまり、咎負いを攫った連中は、咎負いを「何に」使うのかということだ。

「万密院はヘリテージを独占し、その技術をいくらか民間に公開して、その売り上げからマージンを取っています」

「それ自体は悪い話じゃない。ヘリテージの解析、技術の運用化をするのに、必要な施設・研究者・資金を揃えることができる所なんて、本当に一握りだ。それこそ、国家予算くらいの資金が必要になる。そりゃなんとかヘリテージの情報を盗もうとしている連中もいるが、あいつらは何も分かってない。そんな情報を自分達が手に入れた所で、どうにもできないってことをな」

 イズルの言葉を聞き、ミチザネは愉快そうに笑った。

「そう、その通り。では、誰がどういう目的で咎負いを攫ったと思います?」

「問題は、万密院から咎負いがいなくなると何が起きるかっていうことだよな……。まず、万密院以外の機関でヘリテージを研究できるようになる。そして、万密院がヘリテージの独占で得ていた利益や地位を失う。それを望んでいる人間達が手を組んで咎負いを攫った……そんな所じゃないか?今揃ってるカードから考える限り、それ以外の手は、どれも想像の域を出ない」

「ふふ、よろしいでしょ。では、最後にこう付け加えたらどうでしょうか。ヘリテージを何に利用すれば、最もそれを有効に活用できるか。あるいは、それを有効に活用したいと考えているのは、どこの誰でしょうか」

「…………」

「慎重になられますなぁ」

「うるせー、黙ってろ」

「ふっふっふ。では、さっきからそこで黙って成り行きを見ている、のっぽのお兄さん。あなたに訊いてみましょうか。需要を生み出すのに必要なのは何だと思います?」

 教師に当てられた子どものように、リゼルグはスッと背筋を伸ばした。きっと学生時代もこんな感じだったのだろう。そんな事をイズルは思い浮かべた。リゼルグはたどたどしく答える。

「えっと……不足とか、枯渇でしょうか。足りないから、生産が行われるんじゃないんですか?」

「正論なだけに惜しい。お兄さんの答えには、あと一つ、足りないものがあります」

 リゼルグは首をかしげた。

「それは破壊ですよ」

 破壊の為の生産――?リゼルグがその意味を訊ねる前に、イズルが口を割った。

「なるほど、戦争屋か……」

 イズルは一括りに言ったが、戦争屋と言っても色々ある。兵器製造、傭兵集団、死の商人と呼ばれる者ども。

「万密院による治世は、民に見かけ上の平和をもたらします。その力は世界に広まりつつある。死の商人達にしてみれば、万密院は商売敵です。だから、考えたのでしょう。万密院からヘリテージを奪ってその力を削ぐ一方、奪ったヘリテージで新兵器を開発する、一石二鳥の手を。確かに彼らの商売で、国家予算の半分の半分くらいの金が動きますからね。他にこれほどの金を動かせる所は無い。お抱えの研究施設だって持っているから、そこそこの研究・開発ラインがある。甘い見通しだと思いますが、現状、それ以上にヘリテージを欲するような所なんぞ、アタシには見当もつきませんわ」

「医療機関っていうのも一瞬考えたが、それだと、どっかで利益が頭打ちになるんだよな。機械化が進んで人件費は安くなるにしても、やっぱりどこかで天井が見えちまう。大体、今は大半の医療機関が、万密院の庇護を受けているしな。そうなるとやっぱり、戦争屋って考えた方が、まだ可能性がある」

「それにね……。ここだけの話、ヘリテージで人間の肉体を改造することができるらしいですよ。念じるだけで人を殺す能力を身に着けるとか、不老不死になれるとか」

 一瞬、穴が空いたようにその場が静まり返った。イズルは黙ってミチザネを見つめていたが、頭を掻きながら目を細める。

「はぁ……?嘘くせーな。バカバカしい」

「全くですよ。本当にバカげている。大真面目にそんな研究をしている連中がね」

 ミチザネは黄金の林檎を机の上に置いた。どうでもいいと言わんばかりに、乱雑な置き方だった。

「それを裏付けるようにね、ここ数年、武器商の活動が活発らしいんですよ。大きな戦争も無いのにね。だからこの国は勿論、ヨーロピアン諸国は、近い内にどこかで戦争が起きるんじゃないかと心配してるんです、お互い、背後から誰かにブスリとやられるんじゃないかとヒヤヒヤしている」

「ふん、なるほどな……。あんたの知ってることは、それで全部か?」

「大体」

「じゃあ、こっから先は自分で足を動かすしかねーのか……。参ったな。俺には、武器商相手に立ち回れるようなコネなんかねーぜ」

「でしょうな。しかし、そこの彼ならどうでしょう?」

 そう言ってミチザネは、持て余していた黄金の林檎を、リゼルグに向かって放り投げた。リゼルグは慌てて林檎をキャッチする。

「聞けばそちらは、第一武隊のリゼルグ隊員。名門、クロスライン家のご子息でいらっしゃる。そうでしょう?」

「……何故それを?」

「言ったでしょう。ここには万密院に関する全ての情報があると。隊員であるあなた方のプロフィールを所蔵するのは、造作も無いことです。クロスライン家は古来より武家として名高い。優れた騎士を輩出してきた家系です。しかし今は技術の発達に伴い、兵器の利用を余儀なくされている。祖国を守る為に戦う必要が無くなった今、あくまで身の保全という名目で所有しているのみですがね。とは言え、過去の栄誉から、今も彼らの名前が持つ影響力は多い。その辺りのことは、歴史の講義や民間の口伝で、国民の知る所ですが……」

「分かりました。僕が彼らとの橋渡し役を務めます」

 ミチザネの話を打ち切るように、リゼルグが答えた。リゼルグは口調同様、よそよそしい笑顔を浮かべてミチザネを見つめている。しかし、そんなリゼルグの様子もミチザネには予想できていたらしい。そして

「よろしくお願いします」

 そう言って満面の笑みを浮かべ、恭しくリゼルグに頭を下げた。

「……って、何でお前がありがたがるんだよ」

イズルが呆れるように言うと、ミチザネは満ち足りた表情のまま答えた。

「何故ってそりゃ、アタシも関係者ですから」

 イズルとリゼルグが、ほぼ同時に疑問を投げかけようとした時には遅く、ミチザネは歯を見せて笑いながら言った。

「アタシもお供しますよ」

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