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第2章 三十三話

「お前こそ、何だってこんな時間にウロついてるんだ?」

「イズルが部屋を出て行ったから」

「……気づいてたのか」

「ここ最近、遅くまでどこかを出歩いてるみたいだったし」

 この一週間、イズルは同僚達の行動パターンを調べて、「黄金の林檎」への安全なルートを割り出す作業をしていた。実際遭遇してまえばどうとでも誤魔化せるものだが、目撃者を作りたくなかった。

 リゼルグは、何日か前からイズルの行動に気づいていたらしい。そして、その行動の意味を知る為に、今日まで待っていたのだろう。いくらなんでも、毎回後をつけられて気づかないということはありえない。

「案外お前も、人が悪いな」

「隊長が言ってたじゃないか。敵は味方の中にいるかも知れないって」

「お前は俺の敵ってわけか?」

「違うよ。どこで誰に見ていられるか分からないから、慎重に行動しないといけないってことさ」

 敵は味方の中にいるかも知れない。だから、誰もが疑心暗鬼になっている。

「とはいえ、そんな忠告をしに、ここまでついて来たわけでもないだろ」

 イズルは、懐に収めたナイフの感触を確かめる。シャツを隔てて胸に伝わるナイフの柄の表面は、冷たかった。

「どうして俺の後をつけてきた?俺が何かコソコソしていたのを、お前は何日も前から知っていたんだろ。何故今日になるまで、そのことを黙っていた」

 客観的に見て立場はイズルの方が不利なはずだが、彼は依然として強気な態度に出た。

「お前は、俺がシッポを出すのを待っていたのか?」

「……違う」

 リゼルグの口から出たのは、彼にしては珍しい、強い否定の言葉だった。

「僕は、君を信用したいんだ」

 リゼルグは手袋を取り、素肌になった右手をイズルに差し出した。これはリゼルグの家に古く伝わる挨拶の方法で、「丸腰の利き手を相手に差し出す」ことから、相手への信頼を示す方法の一つだった。

「君がこんなことをしているのには、何か理由があるんじゃないかと思った。だから、声をかけたんだ。君を裏切り者として突き出すつもりなら、このタイミングで声をかけたりしない。それに、こんな良く知りもしない場所に、一人で来たりしない」

 リゼルグの言うことには一応筋が通る。リゼルグも、自分一人でイズルの相手ができると思うほど、迂闊な人間ではないのだ。

「何か、僕に協力できることはないの?」

 リゼルグはイズルのことを直視している。その視線はまっすぐ過ぎる。

 そこでようやく――イズルは笑った。片方だけ口の端を上げて苦笑いをする。

「分かったよ……。だからそんなに、必死な顔をするな」

 イズルは笑っているが、リゼルグは表情を崩さない。それだけ真剣ということだ。

 こいつは信用できる――。

 どのみちこれから先、リゼルグを巻き込まざるを得なくなるのだ。


「ここは黄金の林檎と呼ばれている」

「黄金の……林檎?」

「お前は知らないか。ま、当然だけどな」

 黄金の林檎への扉は常に閉ざされている上、扉の先に何があるのか、殆どの者が知らされていない。「黄金の林檎」という名前すら知らない者が大半だ。

「俺はここで調べ物をするつもりだった。咎負いのことをな。俺は内密に、咎負いの行方を突き止める任務に就いた。このことは旦那も知らない」

「隊長も知らない……?」

「特令だからな」

 イズルは目当ての棚に並んだ本の背表紙を、チラチラと目で追った。

「前にも話したと思うが……咎負いを奪ったのは、咎負いが持つ『価値』を知ってる連中だ。万密院の中で『罪人』としてしか存在を知られていないこいつの経歴を、知っている者は少ない。だからこそ、そこから足のつく可能性がある。それは敵も百も承知だろうが……調べる価値はある」

「その情報がここにあるの?」

「ああ。お前も、迂闊にその辺のものを触るなよ。機密文書って奴だからな。本来ここは、末端である俺達は立ち入ることさえ許されない場所だ。必要以上の閲覧は許されない」

「……末端、ね」

「不思議か?その特令に『末端』が抜擢されたことが」

 リゼルグは頷いた。特令を受けたというイズルの言葉を疑っているわけではない。リゼルグは純粋な疑問として、イズルが抜擢された理由を訝しんだのだ。

「簡単なことだ。この中にいる誰よりも、俺が信用できると上は踏んだのさ。必要とあれば、俺は今すぐにでもお前に銃口を向けることに、何のためらいも無い」

 冗談だとは思えない言葉だった。リゼルグは口を噤む。イズルは、愉快そうに言った。

「どうした?今頃怖気づいたか?お前は今まで、そういう人間と同じ部屋に居たんだぜ」

 イズルは棚から引っ張り出した本を持ったまま振り返る。そこに佇むリゼルグは、黙ったままだ。

「……変わらないね」

 君は。

 そう言って、リゼルグは口を開いた。

 イズルは覚えていないかも知れないが、リゼルグは一言一句覚えている。初めてイズルと出会ったときのことだ。

「必要とあれば、俺は今すぐにでもお前に銃口を向けることに、ためらいは無い」

 それがイズルからリゼルグへの、唯一の自己紹介だった。少なくとも、人となりと呼べるものをイズルから聞きだせる言葉は、それだけだった。今から、二年ほど前のことになる。

「君は、変わらないね」

 そう言ってリゼルグは――笑った。

 イズルは眉間に皺を寄せて、リゼルグから視線を外す。

「……勝手に言ってろ」

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