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第二章 三十話

 俺とカタロスは短く支度を済ませて、ユノーの家を出た。ちょうど大陸へ買い物に行った船がこの島に戻ってくるというので、その船に乗って、近くの大陸まで送ってもらうことになった。

 俺の横には鞄を背負ったカタロスがいる。何でも、顔見知りになった主婦達から果物や民芸品を押し付けられたとかで、ついでに鞄ももらって、全部ありがたく頂戴したらしい。

 カタロスは主婦からもらったネックレスのトップを、日の光にかざしている。青く、透き通った石だった。日の光を透かして、カタロスが歩くのに合わせて輝いている。

 俺の視線に気づいたカタロスが、笑って言った。

「欲しいですか、これ」

「……いらねー」

 十日。この島に来て、十日経っていた。

 ここへ来た時、俺は、もう二度とここから出ることは無いと思っていた。接岸した船に乗り、こうして甲板の上に立っているのが夢のようだった。

 いや、逆なのだろう。この島で過ごした十日間が、夢のような、嘘のような時間だったのだ。

 それなのに、この島であったことの方がリアルに感じられるのは……カタロスのせいなのだろう。ソドムに居た時のカタロスは、ただ笑って俺の横にいるだけだった。

 ここに来てから脱獄犯という「イメージ」の中の存在を、カタロスという「人間」として感じられるようになった。

 カタロスは相変わらずネックレスを眺めている。全く、いつの間に住民達と仲良くなったのか。船員達と挨拶し始めた彼を置いて、俺は船の縁に腕をかけて、その上に顎を載せて、ぼんやりと海の方を眺めた。

 この先に大陸があるはずだ……。そして俺は、ソドムの埃っぽい土を再び踏む。

「…………」

 やはりその先に奴がいるのだろうか。

 ルーチェ・イスタンテ・エスペリオ。

 今もこの海を渡った先で……俺が帰って来るのを待っているのか。

「どうしたんですか?」

 俺が顎を浮かせて振り向くと、すぐ傍にユノーが立っていた。相変わらず、奴は音も無く近づいてくる。

「……結局、俺達をこの島に連れてきた連中のこと、何も分からなかったな」

 俺は、今考えていたこととは全く違う話をした。とはいえ、ずっと気になっていたことでもある。

「そうですね……。この付近の海流に詳しい人間でなければ船で近づくことはできませんし、空路となると、飛行船が必要になります。飛行船を所持できる人間となると、大分限られますね」

 ユノーの言う通り、どうやってこの島に俺達を運んできたのかということも気にはなる。しかし、俺が一番気になっていたのは連中の「目的」だった。

「……ここはあなたも知る通り、ある種の牢獄です。何かを匿うのに最適の土地。外に出ようと思ったら、誰かを殺さなければいけない」

 そう、ここは人を閉じ込めておく場所としては――少なくとも、「後から回収する」ことを考えれば、むしろ都合が悪い場所なのだ。不確定な要素が多すぎて、回収ができなくなる可能性がある。

「だから僕は思うんです。きっとここにあなた達を押し込めた人間は、あなた達を閉じ込めることが目的ではなかったのだと」

「どういうことだ?」

「いずれあなた達を回収することを前提で、この島に運んで来たのでしょう。では、何故この島を擬似的な監禁場所に選んだのか……。それはきっと、この島のルールに目をつけたからではないかと思います」

「つまり、ゲームのことか?」

「ええ。そこにどんな利点を見つけたのか、僕には分かりませんけどね」

 

「さて、思えばわずか十日の付き合いでしたが、いざ去られるとなると、あの家の広さを思い知ることになりましてね」

 そう言って、ユノーは左手を差し出してきた。

「……別れの挨拶ってわけか」

 左手での握手は別れの挨拶を意味する。ユノーの、口ぶりとは逆の仕打ちに堪えつつ、俺も左手を差し出した。

「願わくば、二度といらっしゃってほしくないものです。この、誰にも見捨てられた場所にね。ここに来るのは、本当に、人生の袋小路に突き当たった時だけですよ」

「……この島の住人は、他人の経歴に興味を持たないんだっけな」

「ええ、それが掟ですから」

 ユノーがいつになく――打算的でない――包み込むような、微笑みを見せた。

「誰しも清算できない、取り返しのつかない過去を持っているものです。この島の者も、あなたも、そして、きっと彼も」

 ユノーは船尾で船員と話をしているカタロスを見ながら言った。

「この僕もね」

「……そう言えばさ、いいのか?お前達、カタロスの検査をしたいって言ってたじゃないか」

「構いませんよ。この島を離れたいとおっしゃっているのに、無理にお引止めできませんから。あなた達にはこの島を出る権利もあるわけですし」

 実を言えば、俺はほんの少しだけ期待していた。この島で検査を受け続ければ、カタロスが持つ謎が一部でも解明されるのではないかと。

「ま、そうだよな……」

 けれど、それも必要ないか、と思う。

 ユノーの言う通りだ。

 誰しも清算できない、取り返しのつかない過去を持っている。この島の者も、俺も、そして、きっとカタロスも。

 しかしそれが何なのか、お互いに知らないからと言って困ることはない。

 俺が必要としているのはイメージとしての脱獄犯ではなく、今実在する、人としてのカタロスの情報なのだから。

「じゃあ……。まぁ、世話になったかな」

 そう言う俺に、笑ってユノーが答える。出港の時間が近づいていた。俺とカタロス、ユノーの三人は桟橋の上に立っていた。

「ええ、こちらこそ。束の間でしたが、それなりに暇の潰せるひと時を過ごさせてもらいましたよ」

 俺の横に立ったカタロスが、向かい合うユノーに握手を求めた。奴は右手を差し出している。

「…………」

 ユノーは黙って、カタロスの右手を受け取った。

「お世話になりました。どうかお元気で」

「幸運を」

「……じゃあな」

 三者三様に挨拶をして、船が岸辺を離れた。

 もう、誰に振り返られることも無い人達の住む、見放された島を離れるために。

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