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第二章 二十七話

 ユノーは壇上に上がり、玉座に座る老師にそっと近づく。奴は膝を折って床につき、老師の手をとってその甲に唇を近づけた。

 実に自然な動作だった。慣れているというより反射的に、義務ではなく自分の意思で自らと言った感じだ。

「さて……。そこな柱のようにでかい男がカタロスか」

 老師は肘掛に肘を乗せて頬杖をついて訊ねた。彼女はにやり、と笑ってこちらを見ている。支配者のポーズだ。

 女王……。射抜いて相手を放さないような老師の視線を見ていて、ふとそんな言葉が頭をよぎった。

 まぁ、嫌いなタイプではない。「少なくとも、おどおどされるよりはマシ」というレベルでだが。

「既にユノーから聞き及んでいようが、稀におるのじゃ。そなたのようなものがな」

 まだ年若く見える女王の口から出る老いた口調。不思議と似合っていた。こういう喋り方に必要なのは年齢ではなく、威厳なのかも知れない。長く生え揃った睫の下にある瞳だけでそう納得させる、女王の瞳が揺らいだ。

「この地に生まれついた者は、もうこの街にはおらぬ。ここは見捨てられた土地。みな他所からの流れ者じゃ。一人でここへ来る者、身を寄り添って来る男女、そして時たまおぬし達のように、捨てられてこの島に来る者もある」

 そう。俺達は気を失って、気がついたらこの街の門の前に野ざらしにされていた。

「気に障る言い方をしてしまったかの。すまない。決して悪意は無いのだ。つまり、不本意ながらここへ来る者もあるということじゃ」

 俺は八番街の町並みを思い出す。そこに暮らす人々。全員が同じ街の中に住む赤の他人だ。

「中にはこの島にあるヘリテージを狙ってくる者もおる。そういう輩はさておき、わしは住民の過去に口を出さぬ。たとえお尋ね者であろうが、一国の主であろうとな。ユノーがおぬしらの記憶をプロジェクタで確認しただろうが、わしはその結果を知らぬ。ただ、おぬしらがヘリテージを狙う不届き者ではないという話だけは聞いた」

 老師はまだ自分の横に突っ立て居るユノーにようやく気づき、「下がってよいぞ」と声をかけた。ユノーは一礼して、もう一度老師の目を見て……ゆっくり壇上を降りた。引きずるような足取りで、どこか名残惜しそうだった。

「して、話は最初に戻るのだが……カタロスよ。お主は変わった体質の持ち主のようじゃ。叶うことなら、お主に学術研究区の研究棟に立ち入る権利を与え、その体質が何であるかを知りたい」

 老師の言葉に、さっとカタロスの顔が曇るのが、横目に見ても分かった。見知らぬ土地にいきなり放り出されて、また飼い犬のような生活に戻るのかと――その不安を察している。老師はカタロスの変化を見逃さなかった。

「安心してくれ。そなたをモルモットにしようというわけではない。ただ、一日三十分程度の検査を受けてくれればよいのだ。体調検査だと思ってくれ。週に一度、三時間程の検診に付き合ってもらうことはあるがの。だが、ただそれだけだ。お主の体にメスを入れることはない。安心してくれ」

 老師の言葉にユノーが頷く。彼女の言葉を信用しろ、と言いたいのだろうか。

「この島の生活はヘリテージで成り立っておる。そして、そのヘリテージを守る為に、このわしがいる。時々ヘリテージの奪取を企む武装勢力がこの島に着岸するが……それを追い払うのも、わしの役目だ」

 そう語る老師の目つきは険しい。何度と無く、侵入者を追い払ってきた時のことを思い出しているのか。

 最初、俺はこの女を女王と――支配者だと思った。

 だが実際には、支配者というより守護者のようだ。

「この島を守るのはわしの義務だ。それを果たす為に、わしは心血を捧げよう。よって、ヘリテージの研究が進むことはわしにとって、住民にとっても喜ばしいことなのだ。しかし……先にも言ったように、望まざるながらこの地へ来る者もおる。おぬし達が望むのなら……わしはおぬしらがこの島を出ることを止めはせぬ」

 俺とカタロスは、目を瞠るのを隠せず、大きく目を見開いた。

 この島から出ることができるのか……?

「しかし、タダで、というわけにもいかん。ぬしらは既に、この島にあるヘリテージを知った存在。そう易々と出られるとは思うなかれ。まぁ、人によりけりだが、実に簡単にこの島を出てしまう人間もおる。断念してしまう者もおるがな……」

 老師の言葉の後半は、もう俺の耳に届いていなかった。俺は叫ぶように言う。

「俺はさっさとここから出たい。出る方法があるなら、早く教えてくれ!」

 カタロスもそう思いこそしたものの、口には出さなかったのだろう。だからこそ、はっきり言い放った俺に驚いたようだった。

「……口の利き方に気をつけてもらえますか?」

 すかさずユノーが横槍を入れてくる。鋭く牽制するような口調だ。こんなに感情がこもったユノーの声を聞くのは初めてだった。思わずユノーを振り返る。

「構わぬ。おぬしからすれば詮なきことよ。この島もヘリテージも、そしてわしも」

 そう言って老師は、白い歯を見せて笑った。

「さて。この島から出る方法じゃが……。方法は極めて簡単じゃ。三秒で説明できる」

 その方法は、こともなげに老師の口から告げられる。

「この島を出ることを望んでいる人間を、誰か一人殺せ」


 俺とカタロス、そしてユノー。三人は連れ立って老師の部屋を後にした。俺は老師に「俺達に殺し合いをしろと言うのか」と、くってかかった。記憶の中の老師は言う。

「おぬしの『覚悟』を見せてみよ。そして、『責任』を負え。おぬしは自由を得る代わりに、人一人の命を犠牲にする。お前が背負うのは、命を奪った『責任』だ」

 俺は好きでこの島に来たんじゃない……。そう叫ぶ為に口を開けた瞬間、老師がピシャリと言い放つ。

「誰も好きこのんで生まれる者はおるまい。人は環境も自分の能力も、選べないまま生まれてくるのだ。誰もが、必ずなんらかの義務を背負って生まれる。それは『ハンデ』と言っても良いかも知れぬ」

 俺のこの炎の能力は……どうだろう。これは義務だろうか?少なくとも、これが何かの「権利」だと思ったことは一度も無い。

「権利を与えるのは、義務ではない。『責任』だ。自分の行動に責任を持てる人間だけが権利を与えられる。生まれつき保障される権利など、無いということだ」

 地上のコロシアムへと続く、錆び臭く陰気な道。俺はふと、思い出したのでユノーに訊ねてみた。

「そういえば、ここが一番『濃い』って言ってたな。あれ、どういう意味なんだ?」

 老師に会うほんの数分前……ユノーは確かにそう言った。この場所が一番「濃い」から、老師はあの場所にいるのだと。

「老師は特異体質でしてね。この島から吹き出ているらしい、特殊な気体を常に吸い続けていないと躰が弱るそうです。それを長時間吸わないでいると、死に至るとか。聞いたことがあります、彼女の口から直接。『わしはこの島と共にしか生きられぬ』と」

 カタロスが呟く。

「老師がこの島を守るのは、それが彼女の義務だからでしょうか?」

 老師は言った。「権利」を与えるのは「責任」だと。

 義務を果たした彼女が得られるものは、何なんなのだろう。


 俺は老師の言葉を思い出す。

「この島を出ることを望んでいる人間を、誰か一人殺せ」


 俺は並んで歩くカタロスを横目に見る。

 そう、方法は、極めて簡単だった。

 ただ、簡単には出られない。

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