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第一章 二話

 門に表札は出ておらず、チャイムやノッカーもない。高さは七階建てくらいだろうか。「あいつ」はこの屋敷に一人で住んでいる。他の人間の姿は見当たらない。家人どころか使用人の姿さえ無いのは奇妙だった。

 俺は一階に設えられた中央の階段を上がって、右に折れた。廊下を渡り、一番奥の部屋の前で立ち止まる。

 ドアは開いていた。そこには、開け放たれた窓の風に揺すられるカウチに座った男の姿があった。俺は男の正面に回ってみる。彼は眠っていた。寄せては返すさざ波のように穏やかな寝息だ。

 この男は「オールド・ワン」という。その名の意味は「古きもの」だ。正確には「オールドワン」と、続けて呼ぶべきなのだが、「この方が人名っぽい」という理由で、あいつは人にそう呼ばせている。


 奴の祖先は、少なくとも、文字の歴史が始まった時には存在していたとされる。それは世界のいたる所に影を落とし、歴史が変わる様を見守り続けている、影のような一族だった。オールド・ワンの連中にしてみれば、この世界は劇場であり、俺達のすることは全て見せ物なのかも知れない。

 信じられないかも知れない。そんなことが出来るのかと。けれどいつの時代でも、ほんの一握りの金持ちな達がいる。ご多分に漏れず、オールド・ワンもまた、十回生まれ変わっても不自由しないくらいの財産を持っている。恐らくもっと金を持っているはずなのだが、それ以上は数えたことが無いから分からないのだそうだ。

 はっきりしていることは、彼らが莫大な資産を持っていること、決して歴史の表舞台に干渉しようとしないこと、ただ見守る為だけに、世界中に子飼いの監視者を放っているということ。

 いつかオールド・ワン自身が語ったことがある。こいつは一族の中でも、異端なのだと。

「ぼくだけなんだよ。こうして、積極的に人と関わろうとするのは」

 あくまで観察者たらんとする――直接世俗に関わろうとしない一族の中で、こいつは俺にそうしているように、積極的に関係を持っていた。

「だってさ、見てるだけじゃなくてお話した方が色んなことが分かるだろう?」

 いつだったか、オールド・ワンは、カラカラ笑いながらそう言った。確かにそうだろう。そいつの部屋からの窓からは山が見えた。山は見ているよりも、登った方が面白いのかも知れない。

「…………」

 そんな、オールド・ワンの穏やかな寝顔を見て思う。こいつやその先祖が見てきたものに比べれば――卑屈になるつもりはないが――こいつが俺に興味を持つ理由は無いように思えた。こいつが俺に構い、俺を「観察」している理由は、何なのだろう。

 窓から差し込んでいた光を遮られたことに気付いたのか、顔に俺の影を落としたオールド・ワンは、ゆっくり瞳を開け放つ。

「ん……、ああ、ごめんね……自分で来てくれって言っといて」

 前にも言ったように、オールド・ワンの歳の頃は二十五、六といったところだ。それなのにこいつは、少年のように屈託のない喋り方をして笑った。


 オールド・ワンは所謂スポンサーだった。こいつから回ってくる仕事は全て払いがいいので、他の仕事は全て断っている状態だった。

「さっさと用件を話せ」

 スポンサーに対する態度とは思えない俺の口ぶりに、オールド・ワンは気を悪くした様子もなく言う。

「実は、キミに会ってもらいたい人がいてさ」

 そいつは俺に、親しい友人に話しかけるかのような気安い口調で続けた。

 もっとも俺には親しい友人などいないので、あくまでそう思えるような口調だというだけの話だった。

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