表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/101

第五章 百話

※※※※※※※※

 荷物は少なくて良い。道案内は必要ない。契約書にサインをして部屋を引き払う。二年近く世話になった部屋だ。もう帰る場所はない。

 街の中央まで歩いた。二度と引き返すことのない道を淀みなく歩く。懐かしいとか、寂しいとか、そういう感情は不思議と無かった。代わりに、全て終わったのだという実感だけが、今頃になって押し寄せてくる。波のように少しずつ増幅しながら俺を襲い、広大で静かな海の中へと攫っていく。

 この街に居る意味はもう無かった。今の俺には、過去から逃げる必要も、誰かの命令を聞く義務も、もうない。

 自由だ。何からも干渉を受けず、俺自身にもまだ何もない。

 だから、これから探しに行く。誰か、何か、あるいは、これから俺を待つ出来事ーー。

 俺は何も持たない。だから物に執着することもなく、とても気楽だ。まだ誰とも知り合っていないから、これから必要だと思った奴とだけ付き合えばいい。そして、誰の命令を聞くかは俺が決める。これから決めるのだ。今はまだ、誰の声も聞いていないのだから。

 連れていくのは、自分自身と思い出だけ。この二つは誰にも奪えない。いつだって俺の傍にいるはずだ。決して失われることはない。それで、十分じゃないか。

 多くの血を吸ったナイフを捨て、帰る場所を捨て、また探しに行く。きっとできる。いつか見つけられる。そう信じられれば、まだ生きていける。

 お前も、そうなんだろ?これで終わるわけじゃないって思ったから、あんな風に命をかけることができた。気の遠くなるような時間をかけて、お前はまた、この世界へ戻ってくる。その間に俺達が幸福であることを願って。

 もちろん、未来が幸福だという保障はない。けれど……お前はそう信じるだけで十分だったんだ。だから、ああすることができた。そうでなきゃ、あんなに良い顔でお別れなんかできっこない。

 俺も信じてみるよ。お前にできて、俺にできないことはないだろう。

 俺は果たせない約束をするつもりはないし、生まれ変わりなんか信じない。いい加減なことを口にする気はないが、希望は持ってもいいだろう。

 それじゃあ、また。もし、遠い未来の世界で会ったら、よろしく頼む。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ