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〇〇ができなくはない猫

作者: 白咲紫乃

なぜ、月曜日が存在するのだろう。

これから、あと丸5日も働かなければならないのか。

そう考えると、ますます布団から出られなくなる。

カーテンの隙間から、もう春の陽光が滲んで、細かいホコリが妖精のように舞う。

妖精は、眠り粉を撒いて「春眠暁を覚えず」という呪いをかけるのだ。


ぐずぐずしていると、骨ばった背中に柔らかくて丸いものが触れてくる。

毛布の隙間から、寒がりな彼女はピッタリと背中にはりついてもぞもぞと擦り寄る。

少し、背中を掻かれたと思う、彼女が起こしてくれようとしているかに思えた。


「おはよう。」


寝返りをうって彼女に目をやると、丸まりながらつぶらな瞳で見上げてくる。ライトブラウンの透き通る眼だ。

ごろごろと胸元から腹部の中で体勢を変えて、もうこんな時間だぞ、朝ごはんは?と急かすようだ。


寝癖頭をかきながら、仕方なく起き上がる。

時間差で、うるさいスマホのアラーム音と、同僚からの返事を急かすようなバイブ音。


「仕事行きたくないなあ。」


毎朝、なんとなく怠くて、なんとなくお腹の調子が悪い。頭の中はもやのかかったまま、とりあえず、トイレに行った。


戻ると、いつもの朝ごはんだ。

今日はスクランブルエッグとハム、バナナヨーグルトに紅茶。

彼女もいつもと同じだ。

一緒にいただきますと言って、朝食を隣で食べるのも、当たり前のようで当たり前ではない。


リモート会議まであと5分というところで、急いで流しに食器を持っていき、パジャマのまま洗面所へ急ぐ。

その場しのぎで寝癖をなおし、歯磨きをする。

その辺にあったトレーナーをかぶって、何とか会議に間に合わせる。

ギリギリセーフ。

3分遅れの電波時計は、現実の時間をも3分遅れにしてくれるわけではない。息をつき、やれやれと仕事を始める。秒針は神経質に急かしてくるだけだ。


彼女は食べるのが遅い。

リモート会議を始める頃に食べ終わり、やれやれと伸びをして暇を潰し始める。

要領が良くないのか、行ったり来たりして暇なくせに忙しない。

飽きた頃に、突然お腹の上に頭を乗っけて甘えてくる。部屋着の触り心地がいいのか、擦り付けて匂いを嗅ぐ時もある。

仕事中だが、それは癒しでもあり、いつもやることで手一杯なのに良い意味で一瞬でも忘れさせてくれる。


彼女はとてもいい匂いがする。

仕事の合間に、喉を指先でくすぐったり、首元に顔を押し付けて思いっきり吸ったりしてみる。

そうすると彼女は、カラカラと笑って、身を捩って、ちょっと嬉しそうにするのだ。

時々、パンチしてくることもあるけれど、その時のむすっとした表情もレアでなかなかだ。

かつて大好きなぬいぐるみ遊びをした時の、小花が空気に散りばめられるような感覚に陥るのだ。


昼食をとり、彼女は隣でうとうとしている。

本能的に眠気に抗っているように見えるのは、まるで鹿脅しだ。

無防備な寝顔を横目に緑茶を啜りながら、立て続けの会議のため、ヘッドホンをつける。

彼女の半開きの口から、心地よい風が耳の裏を通る。

プロジェクトの進行確認の音声が風の音にさらわれていきそうで、一層仕事したくない気持ちも高まっていく。

思わず、まぶたがやらなければいけないことに負けかけて、突然の暗闇に襲われることがあるのは言うまでもなかった。


「そろそろおやつにしない?」


甘いもの好き、かつ頭を使っているものだから、彼女をおやつに誘う。1人で食べるよりは、罪悪感がない。

昼寝から目を覚ました彼女が、いそいそとチョコレートを取ってきてくれる。

つい、バカ食いしてしまうのを、彼女はジト目してまた暇そうに背中を伸ばしていた。


気づいたら、少し肌寒くなってきた。

日暮れの寂しげな匂いがする。

あっという間に夕食の時間になり、寂しげな匂いと共に美味しそうな匂いがする。

いつも、彼女は一緒に夕食をとってくれる。

たまの会社や上司の愚痴を聞き流しながら、目を細めて労ってくれる。小さな手で、撫でてくれる。

ああ、彼女と同じ空気を吸うために、働いているといっても過言ではない。

夕食の湯気に包まれながら、ささやかな幸福感に満たされる。


おやすみの時間になって、寝床に横になった彼女は、名残惜しそうに見上げてくる。

彼女の執事のようにお気に入りのぬいぐるみを傍に置いて、毛布をかけてあげるのは習慣だった。


「おやすみ、僕の妻。」


彼女は、おやすみ、と僕の手に頬を擦り寄せて穏やかな笑みを浮かべると、スマホのアラームをセットした。

また明日、妻は僕を起こしに布団に入ってくるのだろう。その前に、いつもの朝食を作ってくれるのだ。


僕の妻は家事ができなくはない。


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