第7話 うなぎ上り
マンションは一緒に出たけど、言い聞かせて会社には別々に到着。伏見は営業部へ。私は総務部でいつものように仕事。しかし気になる。ちゃんと変身したおチビさんは仕事してるだろうか?
営業部を覗いてみると、伏見は席にいなかった。
近くに営業事務の柴田ちゃんがいたので聞いてみた。
「え? 伏見くんですか?」
「そーなの。提出書類に不備あって。どこに行ったの?」
「課長と外回りですよ。なんか急に変わっちゃって。自分男になるッス。みたいなこと言ってましたよ。あれは女ができましたね」
「へ……へー。変わったって?」
「すごいイケメンになりましたよ。昨日までコンニャクみたいにフニョフニョしてたのに、カキーン、シャーンって感じで。俳優の雷名隼人みたいでした」
「うっそだぁ」
「マジですよ。もう、社内の若い女の子たちのウワサになってますよ」
「ふーん。あの伏見くんがねぇ……」
知ってた。
知ってたよ私!
そして思う壺だぜ!
伏見をそうしたのは私なんですよ。みなさーん!
昼になっても課長と外回りは続いていた。
なにかヘマをやらかしてなきゃいいけどと、私がハラハラ。帰ってきたのは夕方。
営業部の方から、うぉぉぉん! という歓声が聞こえてきたから、みんな各部署から覗いてみると、歓声の中央には伏見。
ちょっとちょっと。あれは悪いことじゃないわよね? いいことよね。褒められてるような感じだけど……。仕事1件とれたくらいであんなに大騒ぎするかなぁ……。
終業時刻となって、それぞれ社員たちは帰っていくけど、営業部は忙しいまま。普段定時の伏見も席に向かってバリバリ仕事してる。
営業事務の柴田ちゃんは帰るみたいなので、ソッコー捕まえた。
「し ば た ちゃん。営業でなんかあったの? 大騒ぎだったけど」
「ああ。凄いんですよ。イメチェン伏見くんが、課長がずっと苦戦してた仕事とっちゃって。それだけじゃなくて他にも6件ハシゴして新規のお客さん取って来ちゃったから、営業凄く忙しくなっちゃって」
「ま、マジィ? 7件ってこと?」
「そうですよ。課長の話だと約束とか条件とか付けるの上手みたいで。カリスマ性も見え隠れしてるって。こりゃ今回の件で営業部長賞と取締役賞が貰えるって大騒ぎ。賞が貰えたら、呑みに連れてって貰うんです」
「え? 伏見くんが誘ったの?」
「まっさかぁ。私が誘ったんですよ。すぐにオーケーしてくれたから、彼女いないのかも? 女だと思ったけど、私に関心あったりして! じゃ、お先しまーす!」
ふ~し~み~つ~ば~さ~。
オメーなに調子乗ってんだよ。
仕事できるようになったら、すぐに女かよ。この種馬やろう! 朝の言葉はやっぱりウソだったんだ。何が愛してるよ。嘘つき。
それに約束したじゃん。今日はスーツ買いに行くって──。
もう、私との約束なんてどうでもいいの?
やっぱり2日しか一緒にいないもんね。
あーあ。クソ。
なんで伏見如きにセンチになってるんだろ。私。
あんなダサ坊なんてこっちから願い下げだわ。
ちくしょう……。
伏見のマンションに一応帰った。
今日は泊まる約束じゃなかったけど、合鍵貰ってたし。セキュリティの番号も教えて貰ってたし。
荷物も置きっ放しだったもんね。
コンソメスープとハンバーグ。マカロニサラダを作ってキッチンのテーブルに突っ伏してた。
時間は20時30分。
「打ち上げかなぁ。トークアプリくらいつかえっつーの。まだお互いに登録してねーか。電話番号も知らない。そんな二人でいいのかね? まだ三日目だしね。なんだろ。この振られた感」
なんで私が伏見のこと思ってんだろ。
普通は伏見のほうが私のこと思わなくちゃならないのに。
「聖子の手料理食べたいなぁ」
「ご褒美が欲しいな。聖子のキス」
くっ。笑える。こんな時にダサい顔の方を思い出す。チヤホヤされてんのはアイツの新しい顔。
私はその前のダサい顔に抱かれた。
嫌だから変えた。
その顔を好きなのは私だけじゃなく──。
みんなみんなアイツのことが好きなんだ。
それが伏見を変える。
やる気も熱意も大きくなるんだ。
私みたいな4歳年上なんて……。
捨てられる──。
「たっだいまー! わー。すごくいい匂い!」
私が顔を上げるとそこにはイケ顔の伏見。太陽のような笑顔で私の顔を見ながら近づいてきた。
「ご飯作ってくれてたの~? お腹減っちゃったよ。聖子。キス」
私の頬に軽くキスして、唇へ。
その後、テーブルの上の料理へと目を移す。
「わぁ。ハンバーグ大好き!」
伏見はパタパタと子どもみたいにはしゃぎながらクローゼットへと向かい、スーツを脱いで、いつものダサいスウェット姿に。
「今日、スーツ買えなかったね。また今度にしようね」
「うん……。それより、今日の仕事凄かったみたいじゃん」
「へへ。誰のたーめだ!?」
え?
「わ、わたし?」
「ビンゴー!! さぁ、ご飯よそってよ~。聖子もまだでしょ? ハンバーグ2つあるもんね」
コイツ……。ふふ。なーんか、コイツのペースばっかり。聖子さんとあろうものが、こんなヤツに心奪われるなんてさ。
でもなんか。なんかさぁ──。
ちょっと今、幸せかな。