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だいありい  作者: やっこ凧
2/8

真夏の葬式

部屋の隅に、無造作に置かれた「あれ」を眺めながら、俺はほぼ毎日「どうしたものか・・」と考えている。無駄なものを一切置かない主義の俺の部屋に、どう考えてもそぐわない風呂敷包み。

 「あれ」が俺の手元に来たのは、むせ返るほど暑い、夏の或る日のことだった。その日、俺は急逝した幼馴染、「まさや」の葬式に行った。葬式が行なわれたまさやの実家は、昔と何も変わっちゃいなかった。

「懐かしいなぁ・・」

古い洋館から「経」が聞えてくるのは、何となく変な感じがしたが、俺はさっさと焼香を済ませ庭を散歩していた。すると、どこからともなくブランコの揺れる音が聞えてきた。この家の庭は広大で、大木が何本も植わっている。その中の一本に、古びたブランコが設えてある。

「あぁ、そういえば俺、このブランコがお気に入りだったっけ・・」

俺はブランコに歩み寄った。蝉がうるさい位に、ミンミンと鳴いていた。

「こんなに小さかったんだ、ブランコ・・・」

子供の頃は大きくて立派に見えたブランコが、今は妙に小さくて古ぼけて見えた。

「たくや!久し振りだな!」

暑さの為に、ボ~っと木陰のブランコを揺らしている俺に、声をかけてきたのは山崎だった。

「おぉ、山崎、久し振り」

「もう焼香は済ませたのか?」

「うん」

「雛子は?」

「あいつは、今日は休めないって。夕べ来たらしい」

「そっか・・・ちょっと待ってろ、俺も済ませてくるから」

もう既に目を真っ赤に腫らしたこの男は、高校・大学の同級生だ。多分今日は、学生時代の友人がたくさん来ている筈だ。就職し、それぞれに忙しくなった仲間が一堂に会すのは、ひょっとするとこういう慶弔の席しかないのかもしれない。

「暑いな・・・、山崎、遅いなぁ・・・」

黙っていても汗が滴り落ちるほど暑い事に、俺は苛立ち始めていた。すると、向こうから喪服の女性が近づいて来た。おふくろと同年代に見えるその女性は、ドキッとするほど綺麗な人だった。俺は、こちらをジッと見ているその顔に、見覚えがあった。見覚えはあるが、思い出せない・・・誰だっけ?

「違っていたら、ごめんなさい。今野君じゃない?違うかしら・・」

もう少しでぶつかってしまうほどの至近距離まで近づき、その女性はそういった。

「あ・・、はい、今野です」

「やっぱり!久し振りねぇ、小学校の時以来かしら?」

俺の記憶の片隅で、何かが音を立てて弾けた。

俺は、すごい勢いで昔にフィードバックし、その女性がまさやのおふくろさんであることを思い出した。まさやは、小さい頃からおふくろさんに瓜二つだったっけ・・。

「この度は、ご愁傷様でした」

俺は、大事な一人息子を亡くしたばかりの女性に、そんな通り一遍のことを言った。いや、通り一遍のことしか言えなかった、というのが正しいかもしれない。

「ふふ、そんな挨拶が出来るなんて、大人になったのね?」

「はぁ・・・」

「元気だった?」

「はい」

「外資系の会社に就職したんですってね?」

「良くご存知ですね・・」

「えぇ、まさやのお友達から聞いたのよ」

「山崎ですか?」

「ううん、女の子よ」

「はぁ」

「そう、良く遊びに来てくれたのよ、その女の子」

「そうだ!あなたに渡したいものがあるんだけど・・」

「えっ?僕に、ですか?」

「そう、あなたに。ちょっと待っててくれるかしら?」

「はい」

小走りに急ぐおふくろさんの後姿を見送り、少しすると山崎が帰ってきた。大柄な山崎がうな垂れている姿は、ちょっと情けないものがあった。

「待たせたな・・・」

山崎は、一向に顔を上げようとしない。俺は、ちょっと屈んで山崎の顔を覗きこんだ。驚いた事に、あいつの目からポタポタと大粒の涙が零れ落ちていた。

「お前・・泣いてんのか?」

「うん・・・、お前、棺の中のまさや見たか?」

「いや・・」

「あいつ、相変わらず綺麗な顔してた・・。今にも目を開けそうで・・」

「そっか・・」

無表情な俺の顔を見つめて、山崎が突然カッと目を剥いた。

「お前、何で見てやらなかったんだよ!」

「いや、別に深い意味は無いよ。それより、鼻拭けよ・・・」

「お前なぁ!」

山崎が怖い顔をして(何故かは分からないけど)俺に詰め寄った時、まさやのおふくろさんが、大きな風呂敷包みを抱えてやってきた。

「あらぁ、山崎君!」

山崎は、俺の胸ぐらから手を離し、おふくろさんの方に向き直った。

「おばさん、お久し振りです。あいつ、こんなに早く逝っちまうなんて・・、本当に残念です。俺、何て言ったらいいのか・・・」

「山崎君ってちっとも変わらないわね、前から泣き虫だったわよねぇ?」

「・・はい」

「良いのよ、あの子は結構楽しい人生を送れたと思うから・・」

「はい」

「あなた達みたいな良い友達にも恵まれたし・・」

良い友達・・・、その言葉に、俺は違和感を覚えた。確かに、山崎はまさやにとって、かけがえの無い友達だっただろう。でも、俺はお世辞にも良い友達とは言えなかった。おばさんが、思い出したように風呂敷包みを差し出した。

「今野君、これなんだけど・・」

包みはかなり大きなものだった。

「何ですか、これ?」

「ん、これ?何かしら・・、まさやの遺言なのよ、あなたに渡してくれって」

「遺言?俺に渡せって、あいつが?」

「そう。ちょっと重たいけど、持って帰ってくれるわよね?持って帰ってくれないと、あの子化けて出るかもしれない・・」

「化けてって・・」

「まぁ、後は煮るなり、焼くなり、今野君の好きにして良いのよ。これは・・・多分、他の誰でもない、あなたが持っている事に意味がある物なのよ」

「はぁ・・でも俺・・」

俺は迷っていた。まさやの遺品を受け取るなんて、そんな・・。

「おばさん、コイツちゃんと持って帰りますから!」

山崎が、俺を制してそう言い、無理矢理、風呂敷包みを持たせた。

「じゃぁ、おばさん、又寄らせてもらいますから!」

「うん、いつでもいらっしゃい。待っているから」

「はい、じゃぁ、失礼します!」

山崎は、困り果てている俺の腕を掴んでズンズン歩き、掴まれた腕は、ギシギシと音を立てた。門の外に出るや否や、俺は山崎の手を振り解いた。

「何だよ!いったい何だってんだ?痛いじゃねぇか!」

「良いから、持っとけよっ!」

「何で俺が・・何で俺なんだよ!」

「四の五の言わずに、黙って持って帰れって!」

「お前、何をそんなに怒ってるんだ?意味分からん!俺が、何か悪い事でもしたってのかよ!」

「意味が分からん?悪い事したかって?」

「そうさっ!」

「あぁ、お前は稀代の悪い男さ!俺には、その中身が何か想像がつく。お前、それを読んで反省しろ!」

「読む?反省?何だよ、それ!」

少し先の方から俺たちを呼ぶ声が聞こえ、山崎がそれに気が付いた。

「もう今日はこの位にしとく。ほら、あそこで皆が待ってるだろ?久し振りに皆で飲もうぜ!」

まさやと俺は、小学校から大学までずっと一緒だった。何故かずっと・・。いくら幼馴染でも、有り得ない・・。俺はいつの頃からか、それが嫌で嫌で堪らなくなっていた。そんな風にしか思っていなかった俺に、まさやの遺品を受け取る権利も、義務も無い、と何だか釈然としなかった。

 二十五歳になった俺達は、その日とことん飲んだ。殆どが高校の同級生だが、中には中学で一緒だったヤツもいる。皆が、まさやの人となりを語り合い時を過ごした。葬式の帰りに(いや、葬式の帰りだからこそかもしれないが)、しかも、年若い友人の突然の死を目の当たりにした日に、ここまで「ハイ」になれる人間の心理ってやつは、なんて奥深いんだろう・・なんて事を思ったりした。しかし、まさやの死が突然でも何でもなかった事を、俺はこの日初めて知った。殆どの奴等が、まさやの「持病」の事を知っていたのには驚いた。そして、皆は知っていたのに、何故俺だけが知らなかったのか、とその事が俺の神経を逆撫でした。皆はしたたか酔っぱらっていたが、俺はどこか醒めていた。いくら飲んでも酔えないし、皆の話も殆ど上の空で聞いていた。理由は・・、足元にある「風呂敷包み」だ。そして、それが気になって仕方が無い自分に、俺は呆れ果てていた。

「なぁ、お前、とうとう雛子と結婚するんだって?」

切り出したのは、蓑田だった。蓑田は中学の同級で、だから雛子の事も良く知っていた。

「あぁ・・」

「雛子ねぇ、あいつ元気?」

「あぁ、相変わらず大股で歩いてるよ」

「アハハ!そっかぁ、大股があいつのトレードマークだったもんな?」

「まぁな・・」

「いつだ?」

「まだ、もう少し先だよ」

「雛子、喜んでるだろ?お前にゾッコンだったからなぁ」

「ゾッコンって・・お前が雛子にゾッコンだったじゃないか」

「アハハ!知ってたのか?まぁ、そうだけど、雛子がお前に惚れてる事は、学校中が知ってたんだぜ?」

「学校中って・・・。皆にも招待状送ろうと思ってる、お前にもな。来てくれるだろ?」

「行く、行く!絶対に行くよ!まさやも・・・あぁ、そうか、まさやは・・」

一瞬にして、気まずい空気が俺たちを包んだ。

「あぁ、そうだ!まさやとお前って、ライバルだっただろ?高校でもそうだったの?確か、同じ高校だったよな?」

「あぁ・・・」

俺は、はす向かいに座って黙々と飲んでいる山崎を見た。チラッと俺の方を見たが、直ぐに目を逸らしやがった・・。俺は、あいつが何をそんなに怒っているのか、皆目見当も付かなかった。

「おい!皆!たくやが結婚するってよ!」

蓑田のこの一言で、暫くの間は俺と雛子の話で盛り上がった。今日始めて顔を付き合わせる連中も、この話をネタに大いに騒いだ。何軒梯子したのかも分からない位飲み歩き、俺達は別れた。家に戻った時には、空が白みはじめていた。俺は、疲れた体をベッドに横たえ、山崎の言葉を思い出していた。「なんで見てやらなかったんだよ!」

なんでって言われても、自分でも良く分からない。まさやと俺は、単なる同級生で、それ以上でもそれ以下でも無い訳で・・、そうか、だったら最期の顔を見てやっても良かった、って事か・・。そうだ、どうして見てやらなかったんだろう・・、俺は何に拘っていたんだろう・・。意固地だったかな・・。俺はまさやとの、何とも後味の悪い別れ方を後悔し始めていた。そうだよな、本当に最期だったんだよな、まさやとは幼馴染だったよな、昔は親友だったっけ、まさや、ゴメンな・・・。

 やっと眠気が襲い、今日が休みでよかった・・、と思いながら、俺は深い眠りに落ちた。

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