粒をならべていく阿弥羅 2
さて青濘のいる空間は、阿弥羅の空間と隣接していましたから、其処まで足を伸ばすことは容易でした。
此の場合、わたくしたち東京のいきものが電車や、自転車や、靴、といった物質依存に因る移動をするのとだいぶ異なります。
ほとんど光の移ろいの様にして移動するんですね。
だから阿弥羅が気づいた時には、すでに隣に鰐が居ました。
黒い鱗はひっしりと硬く、それが夥しい様にならぶ。
そうした鰐ですから、阿弥羅は初見で凍て野の破片・もうしごでありそうだと目算いたしました。ならば、厄介な相手と言えるでしょう。
「鰐さん、おどろきました。突然に飛来されたものですから。私に御用ですか」
どうしても慎重な声色となります。また其の声自体も輝きを放ち、阿弥羅自身のほそいゆびに掬われるのでした。
まあ、しかし今かりに「声」と表象しましたけれども、実際には物理的震動波というよりは、これもまた光線の移ろいに近似していましょうか。真珠化すると説明しました「音」についても同様です。
わたくしたち東京のいきものとは掛け離れた生理原則で成り立っているのが阿弥羅や青濘ですからね。
ものがたりの内部で起こる現象については、言語世界の限界のなかで矯めて表していることは理解していてください。
ともあれ。
「おいしそうな匂いがしているからな。お嬢さん、俺は青濘と言って、凍て野から来た。つねに腹ぺこなのさ。だからお前を殺してその御宝をいただこうと思っている訳だよ」
青濘には謂わゆる眼という機構が無かったのですが、まるで眼を細め、と言い得る気配をさせて、そうしてゆっくりと尾を振り始めたんです。
尾は不吉な振り子に見えました。
黒く翳む山脈の様。にぶびかりしていました。