第2話 50回目のファーストキス
世界の男をのこ、貴なるも賤しきも、「いかでこのかぐや姫を得てしがな、見てしがな。」と、音に聞きめでて惑ふ。その傍あたりの垣にも家のとにも居をる人だに、容易たはやすく見るまじきものを、夜は安きいもねず、闇の夜に出でても穴を抉くじり、こゝかしこより覗き垣間見惑ひあへり。さる時よりなんよばひとはいひける。人の物ともせぬ處に惑ひありけども、何の効しるしあるべくも見えず。家の人どもに物をだに言はんとていひかくれども、ことゝもせず。傍を離れぬ公達、夜を明し日を暮す人多かり。愚なる人は、「益やうなき歩行ありきはよしなかりけり。」とて、來ずなりにけり。その中に猶いひけるは、色好といはるゝかぎり五人、思ひ止む時なく夜晝來けり。その名一人は石作皇子、一人は車持くらもち皇子、一人は右大臣阿倍御主人みうし、一人は大納言大伴御行、一人は中納言石上いそかみ麿呂、たゞこの人々なりけり。世の中に多かる人をだに、少しもかたちよしと聞きては、見まほしうする人々なりければ、かぐや姫を見まほしうして、物も食はず思ひつゝ、かの家に行きてたたずみありきけれども、かひあるべくもあらず。文を書きてやれども、返事もせず、わび歌など書きて遣れども、かへしもせず。「かひなし。」と思へども、十一月しもつき十二月のふりこほり、六月の照りはたゝくにもさはらず來けり。この人々、或時は竹取を呼びいでて、「娘を我にたべ。」と伏し拜み、手を摩りの給へど、「己おのがなさぬ子なれば、心にも從はずなんある。」といひて、月日を過す。かゝればこの人々、家に歸りて物を思ひ、祈祷いのりをし、願をたて、思やめんとすれども止むべくもあらず。「さりとも遂に男合せざらんやは。」と思ひて、頼をかけたり。強あながちに志を見えありく。これを見つけて、翁かぐや姫にいふやう、「我子の佛變化の人と申しながら、こゝら大さまで養ひ奉る志疎おろかならず。翁の申さんこと聞き給ひてんや。」といへば、かぐや姫、「何事をか宣はん事を承らざらん。變化の者にて侍りけん身とも知らず、親とこそ思ひ奉れ。」といへば、翁「嬉しくも宣ふものかな。」といふ。「翁年七十なゝそぢに餘りぬ。今日とも明日とも知らず。この世の人は、男は女にあふことをす。女は男に合ふことをす。その後なん門も廣くなり侍る。いかでかさる事なくてはおはしまさん。」かぐや姫のいはく、「なでふさることかしはべらん。」といへば、「變化の人といふとも、女の身もち給へり。翁のあらん限は、かうてもいますかりなんかし。この人々の年月を經て、かうのみいましつつ、宣ふことを思ひ定めて、一人々々にあひ奉り給ひね。」といへば、かぐや姫いはく、「よくもあらぬ容を、深き心も知らで、『あだ心つきなば、後悔しきこともあるべきを。』と思ふばかりなり。世のかしこき人なりとも、深き志を知らでは、あひ難しとなん思ふ。」といふ。翁いはく、「思の如くものたまふかな。そも\/いかやうなる志あらん人にかあはんと思す。かばかり志疎ならぬ人々にこそあンめれ。」かぐや姫のいはく、「何ばかりの深きをか見んといはん。いさゝかのことなり。人の志ひとしかンなり。いかでか中に劣勝おとりまさりは知らん。「五人の中にゆかしき物見せ給へらんに、「御志勝りたり。」とて仕うまつらん。』と、そのおはすらん人々に申まをし給へ。」といふ。「よきことなり。」とうけつ。日暮るゝほど、例の集りぬ。人々或は笛を吹き、或は歌をうたひ、或は唱歌をし、或はうそを吹き、扇をならしなどするに、翁出でていはく、「辱くもきたなげなる所に、年月を經て物し給ふこと、極まりたるかしこまりを申す。 『翁の命今日明日とも知らぬを、かくのたまふ君達きみたちにも、よく思ひ定めて仕うまつれ。』と申せば、『深き御心をしらでは』となん申す。さ申すも理なり。『いづれ劣勝おはしまさねば、ゆかしきもの見せ給へらんに、御おん志のほどは見ゆべし。仕うまつらんことは、それになむ定むべき。』といふ。これ善きことなり。人の恨もあるまじ。」といへば、五人の人々も「よきことなり。」といへば、翁入りていふ。かぐや姫、石作皇子には、「天竺に佛の御み石の鉢といふものあり。それをとりて給へ。」といふ。車持皇子には、「東ひんがしの海に蓬莱といふ山あンなり。それに白銀を根とし、黄金を莖とし、白玉を實としてたてる木あり。それ一枝折りて給はらん。」といふ。今一人には、「唐土にある、火鼠の裘かはごろもを給へ。」大伴大納言には、「龍たつの首に五色に光る玉あり。それをとりて給へ。」石上中納言には、「燕つばくらめのもたる子安貝一つとりて給へ。」といふ。翁「難きことゞもにこそあンなれ。この國にある物にもあらず。かく難き事をばいかに申さん。」といふ。かぐや姫、「何か難からん。」といへば、翁、「とまれかくまれ申さん。」とて、出でて「かくなん、聞ゆるやうに見せ給へ。」といへば、皇子達上達部聞きて、「おいらかに、『あたりよりだになありきそ。』とやは宣はぬ。」といひて、うんじて皆歸りぬ。