蘇る竜骸の剣【初期バージョン】
「ねぇ、ライズ? 私なら大丈夫なのよ。無理な事をするのは本当にやめて?」
「無理ってわけじゃねぇよ。勝算はあるんだ」
ステラ姉さんが俺の肘を引っ張り、計画を中止するように頼み込んでくる。だが辞めるつもりはない。
引っ張る力も昔よりずっと弱い。ショールで包んだ肩が骨が浮くほど痩せているし、褐色の混じる金色の髪も艶がなくやつれているのがわかる。
俺たちステラ姉さんとライズの姉弟は、商人であった両親を幼くして失い、親しくしていたドワーフの鍛冶屋グイドに引き取られた。
両親の知り合いであったという事もあるかもしれないが、グイド師匠は身の回りの雑用をやらせる者を探していたのだ。
食事の準備や下働きをするならば家にいてもいい。俺たちとグイド師匠との関係はそういった関係で、決して家族の代わりではなかった。
しかし、体の弱いステラ姉さんにはこの村で生きていくという未来は見えない。
この村は、竜の住む赤竜山の麓にある小さな村だ。人の住めぬはずの竜の狩場に住み着いた鉄狂い達の村。
住民は、ほぼドワーフ。
『この地は良い鉄が掘れる』それだけで鉄狂いのドワーフにとってはこの地に腰を据える充分な理由になる。
雨が少なくて作物が育たないだとか、川が近くに無くて水は井戸頼りだとか、他の街から離れすぎているとか、道がないだとか、悪食な竜が頻繁に飛んでくるなどというのは、本当に些細な事だ。
だけど、ここに通う人間は別なのだ。
竜の匂いに怯えるので馬は使えず、細い山道を踏み広げながら、補給もままならぬ中を行き来しないとこの村にはたどり着かない。
それだけの利益があるからこそ命より金が欲しい商人たちがやってくる。
生まれながらの名工であるドワーフの打った鉄製品は、ただでさえ高値で取引される。だというのに、竜の炎で焼かれた地からしか取れない竜鉄鉱は魔除けとして強い効果を持つ。
『鉄狂いのドワーフ鍛冶』が『良質』な『竜鉄鉱』で打った武具だ。この特産品は商人たちに莫大な富をもたらした。
多くの欲に目がくらんだ商人が徒歩で水の無い山を越え、重く高価な商品を持ち帰ろうとして、様々な理由から命を落とした。俺たちの両親もその中に居たわけだ。
だが今、長くこの地に君臨していた赤竜は討たれた。そして断末魔と共に竜が吐き出した呪いの毒息は未だに山を覆い尽くしている。
竜に怯える必要はなくなり、多くの商人が押し寄せてきた。そして、酒と引き換えにあるだけの武具を仕入れていき、その結果希少価値を失ってしまったのだ。
徐々に商人たちは来なくなり、既に生活必需品が足りなくなるようになってきた。
ステラ姉さんに必要な薬も。
ステラ姉さんの病を治すには万能薬の材料と言われる竜卵殻があれば良い。竜ならばそこにいた。そして倒されたのだ。
竜を倒した第二王子の指揮する王国軍は、竜の魂を宿すと言われる『竜魂石』『牙』『鱗』『爪』『瞳』を持ち帰ったと聞く。竜が卵を産んだなどと言う話は聞かない。
だが俺は卵がある事を確信している。卵を守っていたのでもなければ、あの赤竜が討たれるはずはないのだ。竜は飛べるのだから。
追い詰めても飛んで逃げてしまう竜を仕留めるためには、翼を落とす事が必要だ。
だが、持ち帰られた竜骸に翼はなく、同行していた飛龍落としの魔導師は生還していない。
この事から、翼落としには失敗した。だが、竜は逃げなかった。
王国軍が逃がさない事に成功したのではなく、赤竜に逃げない理由があったのではないかと推測した。
卵を産んでいたのだとすれば。あの地にはまだ竜の卵がある。
ステラ姉さんを治せるのだ。
手のひらに爪が突き刺さるほど強く拳を握り締める。
身体の内側に炎のようなものがあった。
無力な自分。いまだに何もなしていない自分。
一刻も早く一人前にならなければと、それだけを考えていた。
ただ毎日、ドワーフであるグイド師匠の命じるままに竜鉄鉱を運び、炉の温度を管理し、鉄を叩き続ける。
身を焦がされるような焦りの中、鉄に触れさせてすら貰えなかった頃よりはずっといい。
掃除をして炭を運ぶだけの頃は工房に入れるようになるのが待ち遠しかった。
工房内の掃除や後片づけに道具の手入れを任されたときは誇らしかったものだ。
今は時折だが、師匠の相槌を打たせて貰えることもある。小さな進歩だが、前に進んでいる実感はあった。
だが、このあまりにももどかしい日々は終わる。努力は足りなかった。
ただ日々を送るだけで届く所に平穏など無いのだ。好きな生活を送る為にドワーフ達はみな鉄に狂っている。俺も狂う必要がある。
「ねぇ、ライズ。どうしたの? 怖い顔してるよ?」
「師匠に挨拶してくる。そうしたら、ちょっと素材を取りに行ってくる」
小さく袖を引くステラ姉さんの手を外し、俺は鍛冶場に足を踏み入れた。
「この馬鹿弟子がっ! 無駄死にじゃといっているだろう!」
ドワーフの屈強な拳に殴り飛ばされ、窓を豪快にぶち破り、泥の中に叩きつけられ三回転がってようやく止まる。
「きゃっ!」
ステラはガラスの破片を避けると、小さくため息をついた。自分だったら首の骨が折れていると思うが、ライズは異常に頑丈だ。ドワーフではなく人間種族のはずなのだが。
「無駄かどうかじゃねぇ! 卵を取ってこなきゃ先はねぇんだ。あんただって竜の骸は欲しいんだろ!」
「お前は儂の後を継いで鍛冶屋をやるんだ、毎日鉄をぶっ叩けば鉄の声が聞こえてくる。そうして初めて鍛冶ってもんが解ってくるんだ! 竜骸なんぞは100年早いっ」
「人間は100年もたったら骨も残ってねぇよ!ドワーフと一緒にすんな!」
「え、そうなのか?」
むくりと起き上がったライズは鼻血を拭くと再び鍛冶場に入っていく。
その後、三回ほど殴り飛ばされて窓から窓枠がなくなった頃、ようやく「好きにしろ!」という言葉を貰いライズは火竜山に向かった。
<赤竜山脈が死の渓谷となっている描写>
そんな色の無い世界に奇妙な存在が居た。
鮮やかな色彩を持つ浮遊魚を素手で捉えて齧り付く子供だ。
肩口で綺麗に切りそろえ内側に軽くカールした透き通るような白い髪。背中に黒い翼。もぐもぐと咀嚼した浮遊魚を飲み込むと、翼の被膜が浮遊魚と同じ空色に染まりワンピースのようにその身を包む。
子供はよじよじと大きな岩の上に登ると、仁王立ちになりライズと視線を合わせた。
「おい、なんでこんなとこに居やがる。親はどうした」
「あっう。まーま。でーびえっ」
呼吸をするだけで肺の奥が痛むような環境で、親の後ろをついて回るような幼児が生きているはずもない。
だから、この子供は人間ではない。なんらかの魔物なのだ。
そうは思っても、自分の背丈の半分ほどの小さな子供を相手に警戒する事は難しかった。
その油断と無警戒が、ライズを生かした。
「え?」
小さく跳びあがった子供は、ライズの目の前に無造作に飛び降りる。
地面スレスレで一瞬だけ浮き上がると音もなく着地した。
思わず受け止めようと、小さく突き出した手をクルリと手に取ると、包み紙を破るようにライズの服の袖を破り取る。
そのままカプリと噛みついた。
「いーーーーーってぇっ!」
ちうー
「こっ、のっ、ガキ! 離せ痛い痛い噛むなそこ骨だ!」
いきなり噛まれた事に驚き、手を振り払おうとしたライズだが、小さな手は万力の様にライズの手をとらえて離さない。
両手で引きはがそうとするが、背中の芯から何かが抜けていくような悪寒と脱力感に膝をついてしまう。
「ぷはっ」
「なん……一体、なんなんだお前」
毒の空気の中でさえ、持ち前の体力から多少の余力を残していたライズだったが、三日間徹夜で鉄を叩いて剣を仕上げた時のような疲労感に襲われて、立ち上げることも出来なくなる。
「いきなり食べてゴメンね。言葉を話す力、もらったよ。人間の言葉、話せなかったから」
「話せてるじゃねぇか」
「少し食べて、話す力を奪ったんでちょ。あなた達人間は私からママを奪ったんだから、奪うのが悪いなんて言わないでね」
ライズはドワーフの低身長を見慣れているが、それにしても小さい。
ドワーフではなく間違いなく他の種族の子供だ。それにドワーフの頬はこんなにプニップニしていない。
人語を理解し、食べることで力を身に着け、毒の息の中で平気で生きる生き物。そんなのは一つしかない。
「お前、人化竜か!」
くるりと振り返り、ライズの目を射抜く眼光は子供とは思えない程に鋭い。
「お前じゃない。わたしはメイ。赤竜キャオの娘、メイ=ウェザーフロイド」
「そうか、卵はあったって事か。俺の予想は当たってたって事だ」
座っているのも辛くなり、冷えた岩肌にゆっくりと寄りかかりながら、ライズは自分の予想が当たっていた事を確認した。
「卵? わたちのことね。ママだけじゃなくて私まで狩りに来たの?」
「狩りか。あぁ、そういう事になる」
メイの目がさらに鋭くなる。
「竜が生まれて最初に食べる竜の卵の殻は最高の薬の材料になると聞いた。姉さんの病気を治したかったんだ」
「それ、もうないよ。食べちゃった」
「そうだな。すまなかった。卵があればと思ったんだが、孵ってるとは思わなかった」
「……ふーん。殺すのじゃなくて、あくまで宝物を拾いに来ただけなんだね」
虚ろなライズの声に、嘘や演技の余裕はないと見たメイは少し表情を和らげる。
「それなら。あなた、お手伝いをしなさい」
そういうが早いか、メイは自分の指先を一度口に含むと、ライズの口の奥に突き込んだ。
「ごえっ!」
「これで毒は平気になったよ。怪我もちょっと治る。これでさっき食べた分とおあいこね」
メイは一筋だけライズと同じ赤に染まった髪の毛をくるくると指に巻き付けた。
「だから、あなたは人間が私から奪ったものを、私に返ちて」
「赤竜の竜骸か? 牙はもう竜牙剣に加工されたって噂だ」
「食べれば取り戻せる。瞳と鱗と爪と牙、あと魂石。全て取り戻さないとわたしはママの力を受け継げないの」
少し震えるメイの言葉からは、復讐も力への固執も感じられなかった。親の匂いを恋しがるただの子供のようだった。
「なぁ、取引だ。さっきの俺にやったやつ。姉さんにも頼めるか?」
「とりかえちてくれるの?」
「ああ。最高の素材を手に入れたんだ。腕利きの鍛冶屋なら潜り込める」
「やくそく!」
「約束だ」
二人が共犯関係になった瞬間だった。
「返してくれって言って返してくれるわけもないからな、奪い取るしかない」




