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七話「奴隷市場」

 アマンダの街は比喩ではなく、本当に人がみっちりと詰め込まれていた。

 街路の人ごみはもちろん、二階に造られている継ぎはぎの空中通路にも人通りが多く、人の流れが街の至る場所にできていた。

 通る人を誘惑する露店や商店も多い。食べ物屋にアクセサリー屋、見世物小屋に風俗のようなものまでが昼間から開いている。

 歓楽街、それがアマンダの街の第一印象だった。

 トシアキたちは金をゆすられたことを忘れるように、食べ歩きながら街について情報収集すると、アマンダの街の輪郭が見えてきた。

 アマンダの街はダムを中心にした街であり、その収入源もダムに頼っている。

 ここから南にある下流の街にギズモの街というのがあり、ダムの放水を絞ることで農業用水や飲料水を売買しているのだという。

 歓楽街としてにぎわっているのも、そうしてギズモの街から搾取した商売人が多く。彼らを楽しませるように街が発展したそうだ。

 三人はその街通りを、ナンで炒めた野菜や肉、麺類を挟み込んだファストフードを頂きながら歩いた。

「久しぶりの温かい食事、おいしすぎる!」

「まさに、生きていてよかったなワケ」

「大げさだな。まあ、俺も百年ぶりの食事が保存食でなくて良かったけどよ」

 ナンは程よく弾力があり、しっかりと噛み応えがある。噛み切れば味の濃い中身の具材が花開いたかのように口腔へ広がり、深い至福に包まれる。

 温度は適温、舌がやけどしない程度、薄味のナンと濃い味の具がハーモニーを奏で、時折ピリリと来る香辛料がアクセントをつける。

 凡庸な言い方だが、旨いのだ。

 三人が食事を堪能していると、近くから客を呼ぶ声が聞こえた。

「いらっしゃい。らっしゃい。もうすぐ始まるよ」

 その言葉に一番反応したのは、ミアだった。

「何かしら。楽しいことかしら」

 完全にミーハーに成り果てたミアは人ごみを潜っていく。トシアキはやれやれといった調子で付いていき、その後ろをゼノが続く。

 雑踏を抜けると見えてきたのは、見世物小屋だった。

 それは我々デュラハンにとって眉をしかめる内容だった。

「さあ、始めに紹介するのはこの少年。綺麗な白い肌に、真面目そうな黒髪、ブルーの瞳に、嗜虐を感じる細腕細脚。力仕事は無理だがよく働くよ。さあ、最初は三万バタから開始だ」

 そこは見世物を兼ねた奴隷市場だった。

 覚悟はしていたが、こうして真昼から大っぴらに奴隷が売られているとは思わなかった。百年前の道徳は崩れ去り、利益と利己欲求が幅を利かせた世紀末に来てしまったことをトシアキは改めて感じた。

 売られている少年は大きな首輪をされ、奴隷商の言葉とは裏腹に元気がない。藍色の瞳に生気はなく、猫背で項垂れたようで自分の運命に悲観しているかのようにも思えた。

 正直、見ていられるものではない。

「ミア、ゼノ、行くぞ」

 声を掛けた時、傍にいたのはゼノだけだった。

 ミアがどこに行ったか辺りを見回してみると、彼女は意外なところにいた。

 なんと、ミアは見世物のために一段高くなっている奴隷商と奴隷の少年の元へたどり着いていたのだ。

「貴様らは恥ずかしくないのか!」

 ミアの第一声はその場の者たちを敵に回す言葉だった。

「人が人の尊厳を断ち、細部の差異に陰口を叩く。当たり前の人権を与えられずに、何故我々に自由が与えられようか」

 見世物に集まった客や野次馬はざわめく、その多くはミアのとち狂った発言にある種の邪悪な興味が湧いているようだった。

「ミュータントなんて人外の家畜に人権なんて与えたら、うちの飼い犬にも人権を与えなきゃならないよ」

 誰かがそう茶化し、周りが爆笑する。

 ミアはその言葉に鋭く反応した。

「貴様の犬は喋るのか。人権を求めるのか。もしミュータントが人権を求める家畜と言うなら、我々との違いがどこにある? 首輪をして隷属しているか否かだけだ。首輪など掛けられてしまえば我々人でさえ飼い犬と変わらないとでも言うのか」

 笑い声がシンと静かになり、ざわめきが少し遠くなった気がした。

「ちょっとアンタ、うちの商売をじゃましないでくれるかな」

 ミアと人だかりに割って入ったのは、奴隷商だった。

 さすがに自分の商売の最中に不買運動をされるのは気に障ったようだ。

「ええい、そちらこそ邪魔をするな。私はまだ言いたいことがあるのだ」

「困りましたねえ」

 奴隷商が何やら合図をすると、後ろから屈強な男が一人現れた。

 首輪をしていないとすると、彼は用心棒なのだろう。屈強な男は前に出てくるとミアを捕まえようとした。

「や、止めろ。トシアキ、何とかしろ!」

 ミアはするりするりと身を躱すが、捕まるのも時間の問題だろう。

 しかし、トシアキがここで暴れてしまえば二度と街を歩けないどころか。三人とも刑務所送りにされる恐れがある。

 トシアキは熟考した後、この場をうまく乗り切るアイディアを閃いた。

「十倍だ!」

 トシアキは両手を上げ、そう叫んだのだった。

 奴隷商はその言葉を聞いて、屈強な男の動きを止めさせた。

「そこの少女が奴隷を買いたいと言っている。十倍で即決だ」

「十倍ですと? 三十万バタを払えるのですか」

「もちろんだとも」

 周囲の客たちも、なるほど少年を買いたいがためにあんな演説を打ったのか。と勝手に納得していく。おそらく、奴隷商も同じ考えに至っただろう。

「ではこの娘さんが三十万バタで即決いたします。皆さまよろしいですね」

 その決定は万雷の拍手を持って祝福された。

 ただ、当の本人は拍手の嵐を少しも喜びはせず、恨めしそうにトシアキを睨むのであった。


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