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四話「旅の商人」

 久しぶりにエントランスに顔を出すと、そこは埃臭く全体的にくすんでいた。

 かつて使ったことのある電話機もカビのような黒い斑点に憑りつかれ、コードは外側の絶縁体が剥がれて中の銅線がむき出しになっていた。

 先に進み、割れて粉々になった玄関のガラスを踏み越えると、世界は一変していた。

 灰の山脈、そう思えるほど崩れたビルは色あせていた。人の賑わいの無くなった大通りはもぬけの殻で、いつもの景色にぽっかりと空虚な穴が開いたかのようだった。

 代わりにアスファルトを突き破り、コンクリートのヒビの間を抜けた緑はかつての栄華を取り戻そうと躍起になっており。すたれた街と栄えつつある木々は上手く相反してマッチングしていた。

「まずは情報収集よ! 実はこの近くに街があるのは分かっていたけど、外はおっかなくてデュラハンの施設にこもりっきりだったの。三か月もね!」

 と、ミアは堂々と自分の弱気を宣言する。

「保存食で暮らす毎日はみじめで辛かったワケ。こうして日の光を浴びられるのもトシアキのおかげなワケ」

 頼られること自体はやぶさかではない。トシアキにできることと言えば戦闘と肉体労働くらいなものなので、頼られるときは頼られたい。

 そういう点では目覚めてすぐお払い箱という悪夢はないようだった。

 三人は大通りを徒歩で進む。途中で廃棄されて置かれたままになった見慣れない形の車が見えた。

「車はつかえないのか?」

「まずバッテリーが腐っているワケ。燃料の水素燃料もないし、生産施設が復活すれば使えるようにできるかもなワケ」

「水素燃料車か。普通のガソリン車はないのか?」

「この百年で化石燃料はほとんど枯渇したワケ。その代わりに政府によって水素燃料車を無理やりに普及させたおかげで、整備不良の水素エンジンはかなり不安定なワケ。衝撃を与えたら大爆発するかもしれないワケ」

 それは怖い。近寄らないでおこう。

 大通りを進んでいくと、すぐにビルの廃墟街はぬけて荒れ地が目立ち、とつとつと建物が見える景色へと変わった。建物はビルに代わって飲食店関連が多かった。

「桃缶とか置いてないかしら。せめてドライフルーツ。砂糖漬けの何か」

「甘味に飢えているなら探してみようか? それよりも街に向かった方が早いと思うけどな」

 街での財布担当はゼノだ。仮想通貨をどのように使うかと言えば、ハードウォレットと呼ばれる携帯端末に所有しているバタを転送してある。仮想通貨を使うにはブロックチェーンによるデジタルの信用が必要なため、ネストと呼ばれる特殊なインターネットが使われている。

 とはいえ、資金は無尽蔵にあるわけではない。三十五万バタ、それが今のデュラハンの総資金だ。正直に言えば心もとないので、買い物は必要最低限にしておきたい。

 だが、甘味くらいなら大丈夫だろう。ミアの統領としての精神維持のためにも買うのは邪魔をしないでおこう。

「ん? 前方に誰かいるな」

 先頭を歩いていたトシアキが一番最初に気付く。ミアは警戒して鉄火九五式拳銃に手をかけた。

 少し先に行ったところに見えたのは、荷馬車だ。開拓時代を思わす布張りの屋根に包まれた木造りの台車なのは、化石燃料が枯渇したせいなのだろう。

 その周りに人影が三つあり、こちらに気付いたのか一人が手を振っていた。

「敵対の意思は感じられないな」

「気を付けて、ストーマ―の罠かもしれないワケ」

「ストーマ―?」

「いわゆる。盗賊みたいな武装集団なワケ。この近辺に現れるらしいから私たちはあまり外出できなかったワケ」

「そうか。だが、武装した常人程度なら何とかなる。任せておけ」

 トシアキはそう胸を張ると、荷馬車の三人に近づき、話しかけた。

「こんにちは、どうかしたのか」

「おお、旅の僚友よ。実は荷馬車が立ち往生して困っていまして」

 近づいて見てみると、確かに荷馬車が車道を外れてぬかるみに入り、片方の車輪が溶けた泥の中に沈んでいた。

 傍には馬が二頭いる。ただし、そいつらは脚が多すぎる。六本もあるのだ。おそらく馬のミュータントだろうが、これでは架空の生き物であるスレイプニルのようだ。

 トシアキは馬の異常による驚きを隠しつつ、話を続けた。

「ああ、これはひどいな。しかし、三人もいれば出られるのでは?」

「いいえ、荷馬車に積んだ荷物が重くて。時間をかければ荷物を降ろして荷馬車を助け出せますが、時間がかかりすぎるのでどうしようかと考えていたところでして」

「なるほど、そうして思案しているところに自分たちが来たと」

「はい、そうなのでして」

 話している一人は商人。他の二人は武装から見るに用心棒なのだろう。

 用心棒の持っているものは鉄火八九式機関銃、シンプルな黒い塗装に長い銃身、その銃身には冷却用にカバーを切り抜いた穴が開いており、機能性に満ちたデザインだ。

 威力はもちろんお墨付き、拳銃であるミアの鉄火九五式拳銃では勝負にもならないだろう。

 商人も銃を保有しているのがミア一人だと知り、安心したのか護衛達には銃を下ろさせていた。

「なら手伝おう」

 言葉とは裏腹に、これなら不意をつけばすぐにでも制圧できるな。と、トシアキは物騒なことを考えていた。

 何気なくミアに目配せをすると、ミアの方はキョトンとしており、そんなつもりは毛頭もないようだ。

 それに、奪い取ったところで売る際に盗品とバレる可能性もある。それなら正直に恩を売った方が得策だろう。

「助かります。けれど、アナタ一人では力不足なのかもしれないのでして」

 おそらく、手伝うとなれば用心棒一人が色々な警戒のために除外されるだろう。そうなると、一人を抜いて一人を足すのでは確かに手伝う意味がない。

「その心配はない。こうみえても力仕事には自信があるので、一人で任せてもらえるか」

 トシアキは軽く手をこねると、荷台の床下の端を掴み重さを確認する。

 これなら、問題なさそうだ。

「っく!」

 トシアキが短く唸ると、荷台が浮いた。車輪はへばりついた泥を心ばかり残しながら、地面から離れる。

 トシアキによって持ち上げられた荷台は少しばかり横へ移動し、元の車道へ戻された。

「おお、ありがたい。ありがたい」

 商人と取り巻きの用心棒たちはトシアキの膂力に驚きつつも、もろ手を挙げて感謝した。

「本当にありがたい。少ないが少しばかり受け取ってもらえないでしょうか」

 商人は自分のハードウォレットを出した。こちらもゼノが同じものを出そうとして、トシアキがそれを制した。

「いや、待ってくれ」

 商人は不思議そうにトシアキの顔を伺った。

「どうかされましたか。何か不都合でもありまして?」

「新しいお客さんが来たようだよ」

 トシアキが指をさすと、商人たちの後ろ、廃墟の陰から出てきた五人の男が見えた。風貌は見る限り薄汚い、浮浪者のような格好であった。

 更にその五人は手には銃を持ち、構えてさえいる。

「おっと、銃は向けるんじゃねえぞ。捨てろ!」

 五人のうち一人、リーダーらしき男が銃を放棄するように促す。突然のことで用心棒二人は銃を向けることができず、嫌々ながらも銃を放り捨てて、五人に蹴って渡した。

「あれがストーマ―って奴か」

 ミアが渋々拳銃を捨てている間に、トシアキはゼノに尋ねた。

「そうなワケ。私たちは大ピンチなワケ」

 ゼノがそう応える間に、ストーマ―のリーダーがトシアキを指名してきた。

「おい、そこの人相悪い兄ちゃん。アンタも隠している武器を捨てな」

「隠している武器?」

 トシアキは身体のあちこちを確認した後、ふと思いついたかのような顔をしてストーマ―達の前へ移動した。

「銃が見えねえのか? 近づくんじゃねえぞ。武器は地面に置いて、蹴って持って来い」

「置いて蹴ればいいんだな」

 トシアキはすっと腕をもたげると、そこから淡い青色の粘性の液体が現れた。

 それは手品みたいに手の平から噴き出し、液体はどんどん湧いてくる。

 何事か。と、呆然としているストーマ―を傍目に、トシアキは拳大に増えたそれを地面に落とした。

 液体は落ちても饅頭のような球形の形を保ったままで、跳ねることなく着地した。

 そして、トシアキは皆が見ているなか堂々と、その液体を蹴り上げた。

 蹴り上げた液体はそれでも形を崩すことはなく。見事ストーマ―のリーダーの顔にぶつかり、そこで初めて液体は弾けた。

 リーダーはパイ投げのパイを顔に浴びたかのように粘液が付着し、当然怒り心頭になる。

「こ、このやろう!」

 リーダーは銃の引き金を引く。銃は主人の命令をうやうやしく聞き、動作を完璧に行って銃弾を弾き出した。

 そうして銃口の前にいたトシアキは何ら抵抗することなく、その胸部に一発の弾丸を受けた。


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