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二十二話「三匹の怪物」

 ヒーロー協会のヒーロー、人狼のオウガの前にトシアキと瓦礫を身にまといゴーレム化したリトルリトルが立ちふさがる。

「邪魔立てするんじゃねえぞ!」

 先に動いたのはオウガだった。人狼化して丸太のように太くなった腕を横なぎに振るい、トシアキとリトルリトルを襲う。

 トシアキは寸前で躱し、リトルリトルは巨大なゴーレムの身体で脇に挟むように受け止め、勢いを殺した。

「むっ!?」

「速攻で行かせてもらう」

 オウガの動きを止めたまま、手の空いたトシアキが動く。スライムを腕に伝わせ、オウガの鼻先に向けてスライムを撃ちだした。

 スライムは見事な狙いでオウガの鼻を包み込んだ。

「んがっ」

 スライムは鼻を塞ぎ、長い口腔を伝導して気管を塞ぐ。オウガは自身の呼吸が自発的に出来ないことに混乱し、捕らえられていない左手で顔をかきむしる。

 だが、顔を多少弄ったところでスライムが剥がれることはない。

 オウガは片膝をつく。勝負は早々に決まったかのように見えた。

「ぶえっ、っくしょん!」

 オウガの、厚い胸板が瞬間的に縮んだかと思うと、豪風がトシアキの顔面を襲った。

「うおっ」

 トシアキはあまりの突風の勢いで後ろに倒れ、リトルリトルを覆うパーツが一部吹き飛び、中の本人が露出する。

 同時に、オウガの呼吸を塞いでいたスライムが射出され、近くの建物の壁に叩きつけられた。

「あっ? なんかしたか」

 オウガは鼻をすすると、リトルリトルの脇から強引に自分の腕を引き抜いた。

 肺活量はもとより、リトルリトルのゴーレムの腕力をものともしない剛腕。オウガは、その身体にトシアキやリトルリトル以上のポテンシャルを秘めているようだ。

「三匹の子豚の狼かよ。ったく」

 トシアキは起き上がる。周りは既にミアが率いた元奴隷たちはいなくなり、オウガ、トシアキ、リトルリトル三人とわずかな死体だけになっている。

 殺伐とした光景の中、オウガはため息をついた。

「いらねえ時間を掛けさせやがって。逃がしちまったじゃねえか」

「おあいにく様、ヒーロー程度に譲ってやるものなんて何一つないからな」

 会話の最中もトシアキは次の策を模索する。ブギーにも使った剣を作って傷をつける作戦を真っ先に思いついたが、オウガの人狼は剛毛だ。斬るにはその厚い毛皮に防がれ、細かい傷もつけられないだろう。

 他にもいくつか方法はあるが、現在効果的な攻撃はそこにない。ここはリトルリトルを中心に戦略を組む方がいいと判断した。

「リトルリトル、最後のステップのアレをやる。動きを合わせろ」

「はっ、はい!」

 トシアキはリトルリトルの後ろに回り。二人で縦列隊形を組み、再び戦闘態勢に入った。

 まず先にトシアキがスライムをオウガに飛来させ、攻撃する。オウガはスライムを避けながら、同時に正面に来たリトルリトルを相手取る必要性があった。

 リトルリトルは四肢の他に、身体の至る所からゴーレムの複腕を造りだし、オウガに襲わせた。

 そうなれば避ける数は増え、自然とトシアキのスライムも命中する。スライムはオウガの片足を捕らえ、リトルリトルはその隙に巨大な両腕を振り上げる。

 リトルリトルは両手を握りしめ、滝のように振り下ろした。

「ちぃっ!」

 オウガは両腕を交差させてリトルリトルの渾身の一撃を喰らう。オウガの身体は傾き、それでも踏みとどまった。

 オウガはスライムを振りほどくと、二人から距離を取った。

 それに対し、リトルリトルの身体から伸びた四肢以外の腕が追撃する。

「小細工は、もういらねえ」

 オウガは狼の尻尾でリトルリトルの創造した腕を振り払う。すると、追いかけていた腕は簡単にもろく崩れ去り、瓦礫の塵が花弁のように散る。

「どうやらゴーレムから生み出したばかりの腕は簡単に壊れるようだな。次は惑わされねえ。そして、こいつを喰らわせてやる」

 オウガは手を細め、爪を束ねる。そのままリトルリトルに近づくと、豪速で爪をゴーレムの腕に突き立てた。

「うわああっ!」

 突きでゴーレムの腕が、簡単に風穴があく。そこにリトルリトルの本体はないけれども、あまりの勢いにリトルリトルは叫びをあげた。

 これには、トシアキも前に出るのを躊躇う。ゴーレムの装甲を貫通するのなら、おそらくトシアキの銃弾さえ防ぐスライムも打通しかねない。庇うことができないのだ。

 リトルリトルは必死に距離を取ろうと、腕を新たに生成して牽制する。だが、その手は読まれている。オウガは軽く腕を払い、リトルリトルとの間合いを更に詰める。

 その時、一瞬とはいえリトルリトルの脚が止まる。何かと思えば、足元にオウガの長い尾がリトルリトルの足を捕らえていたのだ。

「動きが遅いなあ! チビ野郎」

 オウガは躊躇することなく、その隙に束ねた爪をリトルリトルのゴーレムの胴体に突き立てる。

 リトルリトルはそのまま、ゴーレムの胴体と共に爪の数撃を貫通して喰らってしまった。

「リトルリトル!」

 トシアキが駆けつけると、リトルリトルはゴーレムの装甲を崩れ落ちさせながら地面に投げ出される。

 トシアキはすぐにリトルリトルの元へ向かい、抱きかかえるとすぐにわかる。これは重傷だ。

 オウガの爪はリトルリトルの胸と重要な内蔵のありそうな数か所に穴をあけていたのだ。

「まさか逃げようとはしないよな」

 リトルリトルを支えるトシアキにオウガが迫る。

 トシアキはかたき討ちをしたい気持ちを押さえ、どう逃げるか戦況を確かめようとした。

 ―――パンッ。

 急に南の空に紅い華が咲く。これはフレア、ミアの合図だ。

 南門到達、撤退せよという合図だ。

 トシアキはミアの行動の意図を汲むと、すぐに行動に移した。

 オウガは南の空に咲いたフレアの光に気を取られている。トシアキは全身の力を振り絞り、渾身の量のスライムを集め、オウガに放出した。

「う、おお?」

 オウガの全身がスライムに包まれる。もう少し量があれば、鼻息程度では飛ばされないスライムの球の中に閉じ込められるものの。オウガの身体が大きすぎて、それは無理だ。

 今は足止めに留めるしかない。

 オウガがスライムのトリモチ弾を浴びて動きにくくしている間に、トシアキはオウガの横をリトルリトルと共に通り過ぎた。

「ちっ、臆病者め」

 トシアキはオウガの言葉を無視し、その場はリトルリトルを抱いたまま、ひたすら南門に向かって走り出した。


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