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十六話「特訓!」

 今日の空は遠くを見渡せる透き通った青が印象的で、日の光が目に痛いほどだった。

 濃い青と対照的に、街はくぐもったような灰色にくすんでいて。下界でノソノソ歩いている人間たちは惨めな羽のない昆虫のようだった。

 とはいえ、その人間たちはあまり自身の姿を気にはしていない。今注意しているのは訓練の内容とトシアキの声だった。

「弾を撃ったら走れ走れ! のろのろしているとバズーカやらロケットやらで吹き飛ばされるからな。撃ったらすぐ他の場所に移動する。地形を頭に叩き込んで移動しろ」

 街を走り回る人間、ストーマ―達は窓枠のスペースにカバーしたり身を低くして進む。その様子を、トシアキは街道の中心で彼らの動きを眺めている。

「おい、そこ。身体がはみだしている!」

 トシアキは不注意なストーマ―に向けて手の平を向ける。すると、手の中心から高速で小さい水の弾丸が発射され、頭の出ているストーマ―の側頭部を濡らした。

 水鉄砲の勢いは大して強くなく。ストーマ―は脳震盪さえ起こさず、自分が濡れたことに驚いているようだった。

「敵から見えている場所、敵が見えている場所では常に頭を低くしろ。狙撃されたらヘルメットなんて意味がないからな。弾が出ないとき、弾を交換するときはまず身を隠せ。ボーっとしているとただの的だ」

「はい! 申し訳ありません」

 トシアキの命令に、スライムで濡れたストーマ―は元気よく返事する。

 トシアキは彼らの熱心な姿を見て、ひとりごちた。

「こっちの訓練は良さそうだな。さて」

 トシアキの目の前には、リトルリトルがいる。ストーマ―達の訓練の間、待たせていたのだ。

 そのリトルリトルはかなりの時間待たされていたので、暇そうだ。道端に転がっていた石ころを転がして遊んでいる。

「そのまま訓練を継続。次の指示があるまで同じセットを繰り返せ。分かったな」

「了解しました」

 トシアキはストーマ―への指示を終えると、リトルリトルに言葉をかける。

「リトルリトル、お前の訓練を始めるからな。準備しろ」

「は、はい」

 今のリトルリトルはいつものメイド服姿ではなく、動きやすい普通の子供用の服だ。ストーマ―達の子供を持つ親御さんから無理言って借りてきたのだ。

 さすがにメイド服では訓練にならないので、ミアの常時着用命令は無視することにしている。

「まずはリトルリトルの能力を見せてみろ。アドバイスするにも能力を把握しないことには始まらない」

「りょ、了解しました」

 リトルリトルは両腕を握り、力を溜めるような格好をする。

 そうしていると、周りの様子に変化が起こる。小さな石、大きな瓦礫、数少ない倒木が揺れる。

 そしてまるで磁力で引きつけられたかのようにそれらはリトルリトルを中心に集まってくる。瓦礫がリトルリトルの身体へ装甲のように張り付けられると、一際大きな人間型に形成されていく。

 揺れが収まると、そこには完成されたゴーレムの姿があった。

「これは、ミアも気に入りそうな造形だな」

 筋骨隆々を思わせるディティールに、そびえたつシルエット、全てを威圧するその姿はまるで巨大ロボットそのもの。

 ミアにとっても、それは垂涎ものだろう。

 巨像と化したリトルリトルはマッスルポーズをした後、トシアキに質問してきた。

「どうしましょう。この後、何をすればいいでしょうか?」

 トシアキは顎に手をやって少し考える。それから、思いついたように提案した。

「よし。とりあえず俺を殴れ」

「えっ!?」

 リトルリトルが驚くのは分かる。しかしその個人の強さを測るには、それが一番手っ取り早いのだ。

 トシアキは脚の間隔を広げ、身構えていつでも来いと、構える。

「い、いいのでしょうか」

「遠慮するな。思いっきりこい」

「わ、分かりました!」

 リトルリトルは巨木のようなその腕を天高く振りかぶる。そしてサイドスロー気味に変化しながら、隕石のような一撃がトシアキの身体に打ち込まれる。

「―――っ!」

 トシアキはインパクトの瞬間、身体から噴出したスライムで巨大な拳を受け止める。

 けれども勢いは全く殺せない。リトルリトルはそのまま拳を振りぬき、トシアキは大通り横の廃墟ビルまで吹き飛ばされた。

 廃墟ビルにはコンクリートをハンマーでくり抜いたような穴をあけ、周囲には爆発的な騒音が響いた。

 周りのストーマ―達は訓練の手を止め、何だ何だと野次馬根性で様子を見に来ている。

「トシアキさん! すいません、加減が利かなくて。大丈夫ですか」

 もうもうとコンクリートの粉塵が舞い上がり、トシアキの行方は不明だ。

 リトルリトルが今の体格に似合わずおどおどしていると、灰色の砂塵の中から足が伸びてきた。

「いい一撃だ。ブギーにも引けを取らないな。ただスイングが大振りだな。もっと脇を閉めろ、脇を」

 トシアキは、内心ホッとしているリトルリトルに軽いアドバイスをしつつ、目の前に戻ってくる。

「おい、戦闘員ども。休めとは言っていない! 訓練に戻れ」

 トシアキの号令に野次馬たちは散る。その間に、トシアキは口からゴボリと血の塊を吐いた。

「だ、大丈夫じゃないですよね。ゼノさんのとこに行きましょうよ」

「問題ない問題ない。俺は再生能力については折り紙つきだ。スライムがある限り、肋骨が折れようと内臓が損傷しようと多少は耐えられる。どこまでいけるかは試したことはないがな」

 実際のところ、ここまで銃弾で骨を折り、ブギーに殴られて臓腑を強かに打ち付けても治療は一切受けていない。

 スライムは身体の組織の再生を促し、時には折れた骨を補強して代用する。もちろん強度は落ちるが、今までの戦闘の中でも戦いを継続できる程度には利用できている。

「まあ、スライムも無尽蔵ってわけじゃない。身体の水分は改造で人並み以上あるが、そこからスライム分を捻出している。使いすぎれば脱水症状になるし、水を飲めば量は回復する。補給は可能な分、使いやすいけどな」

「なるほどです。仕組みは僕と近い所があるんですね」

「そうだな。俺もパワーが上がれば便利なんだけどな」

 トシアキは血を吐いた口を拭い。再び構えた。

「さて仕切り直しだ。今度は反撃するから覚悟しろよ」

「はい! よろしくお願いします」

 リトルリトルは言葉の後に、大きく踏み込んで拳を前に突き出す。

 すると、拳は腕から離れ、独りでに飛んでいく。まるでロケットパンチだ。

 トシアキはロマンにときめきを感じつつも、左に体重を寄せて回避する。

 飛来した拳がそのまま瓦礫に戻ると、リトルリトルの紛失した拳は周りの残骸を吸収して再生する。

 なるほど、残弾制限のある大砲のようなものか。

 リトルリトルは続けざまに空手の演舞のごとく交互に両腕を押し出す。その度に拳の砲弾が撃ちだされ、トシアキは右や左に避ける。

 素早い転脱が続き、トシアキからねん出されているスライムが残像のように遅れて大砲に撃ち抜かれる。余裕で避けられた最初と違い。身体をかすり始める。

「こいつは避けきれないな」

 リトルリトルの体積は減り、拳の弾丸も小さくなりつつある。

 トシアキは規則的な振り子で回避していたのを、大きく揺らして脱出する。

 そして足を大きく踏み出し、拳の下を掻い潜ってリトルリトルの懐に潜り込んだ。

「わわわ!」

 リトルリトルは驚いて再び拳を振るうが、届かない。トシアキの頭の上で鉄球のようなそれが空を切る。

 トシアキはその間に十分排出したスライムを、コンクリート片と木片の隙間に打ち込む。

 粘性を残したスライムはリトルリトルの装甲に浸透して本体を捕らえた。

 トシアキはアミを掛けた漁師のように、手元にまで続いているスライムの投網を曳く。

 その綱引きは抵抗はあったものの、トシアキの方に軍配が上がった。

「大量だ、ってな」

 ゴーレムの殻からリトルリトルが釣りあげられる。摘出されたリトルリトル本人はカツオの一本釣りのように引っぺがされた。

 リトルリトルは濡れた身体をアスファルトの地面に打ち付けると、まだ戦えると意思表示するかのように頭を上げた。

 そこに、トシアキの握りしめたゲンコツが急速に接近する。

 リトルリトルは虚をつかれ、固く固く瞼を閉じた。

「よし、訓練終了」

 トシアキのゲンコツが優しくリトルリトルの額にキスをして、終わりを告げる。

 リトルリトルは自分の頭を押さえ、呆然として目を開いた。

「全然かないませんでした。トシアキさんは強いです」

「当たり前だろ。戦闘に関しては一日の長がある。負けてはいられないよ。リトルリトルもかなり筋は良かったよ」

 トシアキはリトルリトルに講義を垂れ始めた。

「ロケットパンチのアイディアは良かった。一発だけなら、相手との距離感を崩せて意表になる。だがその後の連続攻撃は自分の装甲を削る分、悪手だったな。それに次への攻撃の布石につなげられなかった。少々惰性が過ぎているよ」

「なるほど、です」

 リトルリトルは理解しているのか、していないのか相槌を打つ。

「最初にも言ったが、振りにコンパクトさが欠けている。意識していたようだが、慌てると大振りになっているな。そこは改善点だ」

「わ、分かりました」

 リトルリトルはそう言うと、シャドーボクシングを開始する。練習するならゴーレムを生み出してからのほうが良いが、これはこれでイメージトレーニングになるから良しとしよう。

「さて、腹が減ったな。食事はストーマ―のとこの女性陣が用意してくれるそうだからいただきにいくとするか」

 トシアキの言葉に、リトルリトルは振り向いて目を輝かした。

「僕、温かい食べ物を貰うのは久しぶりなんです。楽しみです」

 言葉は几帳面さを崩さないが、はしゃぐ姿は年相応の子供だ。奴隷に従事した年月が長くとも、そこらへんの無邪気さは垢抜けないようだ。

 トシアキはリトルリトルを先導してやると、子ペンギンのようにトコトコと付いてきた。

 その姿に、トシアキは愛おしさを感じて苦笑するのだった。


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