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一話「よい夢を」

 1950年代から始まるヒーローと悪の組織の闘争はX202年、今も激化の一途をたどり、そして決着を迎えようとしていた。

 あちらこちらで起こる抗争は、しだいに人員が増えていくヒーロー協会とその協力者たちに軍配が上がり、数ある悪の組織も減少する一方であった。

 戦う怪人、改造人間は果敢にヒーローに挑むものの戦力が違う。一人のヒーローに怪人五人がかりで犠牲者を出して、やっと倒せる比率なのだ。いくら人数を揃えても足りるものではない。

 死に体になりながらも、悪の組織は逆転の一打を静かに耐えながら待っていた。

「―――こちらトシアキ、コードネームは―――。三十五号支部前にてヒーロー二人と交戦。チクタクマシーンとファイアスケアクロウは戦闘によって死亡。戦闘員は全滅。生存者は一人。次の指令を頼む」

 三十五号支部、誰もいない空っぽなエントランスの受付の電話を使い、トシアキと名乗る男は誰かに呼び掛けていた。

 トシアキの風体は、ボサボサで揃えていない黒髪に目つきの悪い三白眼で印象が悪い。髪の色と同じ黒いロングネックのタンクトップに、同じ色のジーンズとデニムで身体を包み、全体的に陰湿なイメージのある男だった。

「司令部、指揮官、誰でもいい。応えてくれ。そちらは無事なのか」

 トシアキは沈黙が続く受話器に向かって応答を繰り返す。それでも向こうからの反応はなく、返答はない。

「こちらトシアキ―――」

「こちら司令部、統領だ」

 トシアキは一瞬怯む。てっきり指揮官かオペレーターが対応するかと思っていたため、ボスである統領が直接応対に出るとは思っていなかったのだ。

 統領は女性の凛とした声色をしていた。それでいて声の一つ一つに覇気があり、聞くものに畏怖と自信を与えるような威厳に満ちた声であった。

「生き残ってくれてありがとう。トシアキ。今は大丈夫なのか」

「は、はい。ヒーロー協会からの追撃はありません。それよりも司令部は無事なのですか」

「そう畏まるな。司令部は健在だ。ただ直々に新たな命令を下す必要があってな」

「新たな命令?」

 トシアキが聞き返すと、受話器の向こう側で「そうだ」と返ってきた。

「これから我らの組織<デュラハン>は一時的に解散する」

「解散! そんな、これまで戦ってきた同志達の犠牲はどうするんですか!? それなら俺は戦いを止めませんよ。最後まで抗戦します」

「勘違いするな、これは一時的な処置だ。我々は残存兵力を保持したまま、時を待つ。残念ながら現在の戦力ではヒーロー協会に勝てないのは明白だからな」

「では、どうしろと」

「姿を隠して潜伏しろ。という指示も当然出している。だが、トシアキには別の任務に就いてもらう。この任務は非常に長く、困難だ。覚悟はできているな」

 トシアキは統領に自分の名前を呼ばれ、背筋から立ち昇る高揚感を感じた。この人のためならこれまでのように、デュラハンのために戦えるという確信を与えてくれた。

「もちろんです」

 トシアキの覚悟を込めた応えに、統領は二度目の確認はしなかった。

「そうか。では作戦を伝達する。まずトシアキのいる三十五号支部には実験的にコールドスリープ、つまり冷凍睡眠による長期待機を行える施設が備わっている。コールドスリープなら現在の隆盛期を保ったまま、身を隠すことが可能だ。そこでトシアキには我々の再起の時まで寝ていてもらう。手順については実験棟の端末で機密情報閲覧からCS101で調べてくれ。

 楽な任務と思うなよ。施設は隠ぺいを施しているが、当然ヒーロー協会に見つかれば二度とは目覚めまい。抵抗することなく、死だ」

 トシアキは生唾を飲む。寝ているだけ、と言えば聞こえはいい。しかし、これは死の任務だ。眠ると決めれば、途中で決定を拒否する術はない。

「これは長い任務になる。いつになるかは正確ではない。早くて二十年後。私の娘が成人する頃には実現するだろう」

「統領には、お子さんが?」

「ああ、まだ幼いが利発な娘だ。目覚めたお前たちを立派に導いてくれるだろう」

「しかし、統領自身はいいのですか? 引き続き我々を統率なさらなくても」

 トシアキのその疑問に、統領は受話器越しに鼻で笑った。

「馬鹿な。デュラハンが一時的に解散しても、私は残る。戦いゆくものを死地に導いておきながら自分だけおめおめ生きているつもりはないよ」

「… …」

 正直に言えば、トシアキも「お供します」と言いたかった。だが、既に長期冷凍睡眠という任務を受けている以上、それを放棄することはできなかった。

 心の内を見透かされたかのように、統領は微笑を漏らす。

「悪く思うな。直属の部下も連れて行けとうるさくてな。これ以上参加を募っては文字通り組織が壊滅する。トシアキはトシアキの任務を遂行してくれ」

「… …はい。任務を遂行してまいります」

「よろしい。トシアキ、貴殿にもデュラハンの野望の星に輝きあれ」

「デュラハンの野望の星に輝きあれ!」

 トシアキが電話の相手に敬礼をする。その想いは届いたかのように、会話は途切れ、とつとつとした電子音が通話終了を知らせる。

 トシアキは受話器を戻すと、すぐに行動に移した。まず、実験棟に向かい。言われたとおりに端末から機密情報閲覧を表示すると、パスワードの入力と警告が表示された。

 警告は無視し、パスワードをCS101とキーボードに打ち込む。すると画面表示が変わり、コールドスリープについての詳細なデータが画面に表れた。

 その時、パソコンしかない実験棟の奥の壁がせりあがり、隠されていた設備が現れた。

 それは試験管のような白い棺桶に色々なケーブルや管が重要そうな機器につながれたものだった。

 白い棺桶の数は三つ。指示された通り生き残っていれば、他の怪人であるチクタクマシーンとファイアスケアクロウも入る予定だったはずの席だ。

 トシアキはさっと端末の資料に目を通すと、最後に出てきた自動稼働準備のボタンを映したタッチパネルを、人差し指の腹で押し込んだ。

 押した瞬間、三つの棺桶が開き、中から白い冷気が緩やかにあふれ出してきた。

 トシアキは煙に逆らうように進み、真ん中の端末付きの白い棺桶に歩みを進める。中は耐衝撃に優れた塩化ビニルの保護材が壁一面を覆い。寝心地は悪くなさそうであった。

 トシアキは意を決すると、白い棺桶に自分自身を収める。寝転がったまま端末を打つと、白い棺桶は閉まっていき。同時に実験棟のせりあがった壁も元に戻っていった。

 白い棺桶の中、トシアキは充填される酸素を含んだ液体に身を沈めるとともに、内部から伸びたアームの先の注射器に麻酔を注入され、まどろみ始めていた。

 トシアキは浅い眠りに満たされながら、最後にアナウンスが耳に届いた。

「良い睡眠に。あかるい明日。あなたの未来に、デュラハンの野望の星に輝きあれ」


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