日常へ
謎の空間から抜け出した俺は当初の予定通り、といってもそんな大層な予定ではないのだが、ひとまず高校に向かうことにした。
俺があの謎の空間に囚われていた(?)時間は体感にして30分程度だったので走らないと始業時間に間に合わないと思っていたが、なんとびっくり。30分の遅れどころか、むしろ1時間余裕が出来ていた。
あの空間が時空歪める的な中二的要素を含んでいるのか、はたまたあの女神(仮)がいい加減なのか。いやでも後者だったとしたらある意味では凄いやつでしかも便利かも…?
まぁそんな感じで時間にたっぷり余裕があるから、さっき俺の身に起こった出来事を整理していこうと思う。
まずは何故俺があの場所に行けたのか。
女神(仮)が言うには俺が異世界にいきたい…っていうか一日中ゲームしてたいって思ったかららしいけど…
念じるだけで異世界に転生できるなら、日本の人口の5分の1を占めていると言われるヲタク達がこぞって行っているはず。俺はヲタクと言っても所詮有名なものばっかりやって、マイナーなものには手を出さないライトオタだから俺が優先されるのはおかしい。
っていうかそもそも俺は異世界なんて危険そうなところ行きたくなんてない。
よって女神(仮)の言ってたことは偽だ。
やっぱり死んだのか?
玄関のドアを開けた瞬間に雷に打たれて即死とか?
…いや、晴れていたはずだ。ドッピカーンだったはずだ。
飛んできたカラスに頭突き刺されたとか?
…ここは現実だっての。
核爆弾?中距離弾道ミサイル?尊死?…まさか足の小指をドアにぶつけた痛みでショック死…?いやいやそんなミラクルチックなことは流石にないだろう。
後は…なんだ?わからん。さっぱりわからん。
やめよう。次だ次。めんどくさいことは後回しだ。
そういえばあいつはなんだったんだ。
あの…えっと…名前聞いてないな。
女神(仮)。
一応自分で女神とは言っていたから女神なのだろうが、やっぱり腑に落ちない。オタクとしては。
女神っていうのは…もっとこう…清楚で、凄い容姿をしていて、声もかわいくて、ユーザーにとって完璧であるべきなんだ。
それがなんだ。あれは。
女神らしくない言動(なお胸は良い)、適当な性格(なお胸は良い)、転生候補者への不親切な態度(なお胸は良い)。
女神という要素が欠けすぎている。(胸以外は)
本当に女神なのか疑いたくなるところだ。
でもあいつが女神なのは悔しいけど間違いない。悔しいけど。だって俺は実際に特殊能力をもらってしまったんだから。
《異世界転生イベント発生時にそれを断り、現実に戻ることができる能力》
こんな能力は俺みたいに異世界転生の挑戦権を蹴ってまで現実に残りたいやつにしか需要がない。一度転生してしまうと現実には戻ってこれないと相場が決まってる。現実よりもハードに違いない異世界になんて行くやつの気が知れない。
そもそもこんな世の中…女神界?の理を壊しかねない能力をもらっていいのか。これはあれじゃないのか。ランプの魔神に「叶えられるお願いを無限にしてください」と頼む類いの能力だろう。今までの転生候補者はだれもこんなお願いをしなかったのか?いや、俺の他にも同じような能力をもらって現実に帰還できるやつがいるかもしれない。探す手段はないし、そもそも必要ないから探さないが。
他にもあーだの、こーだの考えながら歩いていたらいつの間にか学校に着いていた。
どうやら物凄い集中力で考え事をしていたらしい。
このままだったらきっと学校を通り過ぎてもおかしくなかった。何故着いたことに気づいたのかって?
ドサッ…
俺の背中に飛び込んでくる重みが1つ。
「おはよ…。今日もいい天気だねぇ…。」
こいつだ。
彼女は俺の幼馴染。幼稚園からずっと同じ学校、同じクラス、隣の席。
幼馴染フラグだと思うだろう?
俺もそう思ってたさ。
でも違った。
彼女は結構な美人で告白されることも多い。幼馴染フラグなら全員振ってくれるはず。
だがなんとこの女は告白してきた全ての男と付き合っていた。ビッチではない。
こいつは何も考えていないだけだ。
その場その場をとりあえず乗り切れればいいとだけ考えているらしい。
だから未来の事を考えず「男を簡単に乗り換える女」のレッテルが貼られている。
本当は優しい子だ。天然で可愛いだけなのだ。
ただ天然が度を過ぎているだけだ。
何故彼女がこんな風になってしまったかの心当たりはある。
十中八九俺のせいだろう。
こいつはひとりにすると何やらかすかわからないし、天然だから知らない人についていきそうでもある。寂しがり屋でひとりにするとすぐ泣くし、家事はできないし。とにかく俺がいないと生きていけないと思うんだ。だから俺がいてやらなくちゃ。
という謎のお節介に囚われた昔の俺はひたすら彼女の世話を焼いた。俺の物心がつくまで。
その結果がこれだ。気づいた時には遅かったというやつだ。
だから結局のところ何でも俺にたよってくる何も考えない子に育ってしまった。
そして「頼れる幼馴染」と化した俺は彼氏というポジショニングをし損ねてしまった。
あれ?幼馴染フラグ折ったの俺か?
「早いな。日直かなんかか?」
「…朝起きたらお母さん朝御飯作らないまま仕事行ってて…」
「あー…わかったわかった。」
俺は彼女の言葉を途中でさえぎり、鞄の中からおにぎりを二つ取り出し、ひとつを与え...あげた。
「…一つ?」
「…冗談だよ。二つ…はい。」
こんな感じで俺が毎日握り飯を持ってくる。彼女のために。最近は弁当があろうとなかろうとおにぎりをねだってくる。
どうしようもないやつだ。俺のせいだけど。
「あ…今日教材の一切を家に忘れてきたから全授業見せてね…」
本当にどうしようもないやつだ。俺のせいだけど。
…とにかく。こいつを一人にすると危険だ。
それだけは確かだ。
学校に到着してもまだおにぎりを口一杯に頬張りながら靴を履き替える彼女。さっさとのみ込めと言いながら俺はドアを開ける。
その先にあるのは39セットの椅子と机。それと何人かの生徒がすでにいるはずだった。
しかしドアを開けた先には
「あぁ!!さっきの転生候補者ぁぁ!!」
ー女神(仮)がいたー