カブトムシの人
「で、その人、カワイイの?」
「匠、声デカイ」
イマドキな髪型にセットした茶髪も、紺のベストなんて着てるのも、あまりにもちょうど良すぎる優等生系チャラ男の同級生は、菓子パンを頬張りながら目をキラキラさせた。
「背は? おっぱいは?」
「ちっちゃいんじゃね。知らん」
異性に興味がない、という言い方をするのも変だと感じるくらい、榴には女性は面倒で単に友達としては気が合わないし、趣味や好みも合わないタイプの人間だという認識しかない。ましてや大人の女性となると、母親や親戚、先生くらいとしか関わったことがないのだから、そんな目で見られるはずがない。
「え、何、榴ってそういう趣味だったの……」
「ちげーよ。てか、知らねーよ。そういうんじゃないし」
「だから俺が巨乳美女の速水モモちゃんの水着写真見せても興味なかったんだな⁉」
「…………」
高校生が恥ずかしげもなくヤンジャンのグラビア切り抜きとかすんな。どうせおじさんになったとて恥ずかしげもなくする恥ずかしいことなのだろうが。
「あー! いいなー! 俺も貧乳でいいから年上のお姉様とお付き合いしてぇー!」
「だからお前、ちょっとは声小さくしろって」
「ごめんごめん。で、彼女の名前は?」
「なんで言わなきゃなんねーの」
「ってことは、聞いたんだ」
チ、と舌打ちすると、匠はニヤリと笑う。彼には色々と借りがあるから、あまり隠し事ができない。というか、隠し事があっては面倒なのだ。
「俺、普通に心配だからね」
「何が」
「変なコトになって困るの、お前じゃん」
「…………」
「もし付き合ったりしてバレたら、親、なんて言うかね。相手の人も、すごい困るんじゃないかな」
「……そういうんじゃない」
想像するだけで、胃がもたれる。それは、実際にそうなりたいからではない。そんな程度のことでまで出張ってくるであろうことが容易に想像できる親に辟易する。
「じゃ、気をつけることだね」
「何を」
「彼女に惚れられないように、だよ。榴、モテるじゃ~ん?」
「……ふざけんなテメー」
バカにしてることは明白だった。小学校で告白してきた女子にノータイムでカブトムシを投げつけて泣かれ、親にバレて本人とその親に謝らされたにも関わらず、懲りずにダンゴムシを投げつけ、今度は泣かなかったその女子は、中学校に行ってもその話をし続けた。そのせいで榴は女子に虫を投げつけるヤツみたいな扱いをされていた。高校ではやっとその呪縛から解き放たれたが、小中高と一緒の匠だけは知っている。むしろ、広めようと思えば広められるのにそうしないでいてくれている。一応、幼馴染だから。
それにしたって、価値観の違いだった。カブトムシやダンゴムシを投げつけられて泣く男子はそうそういなかった。むしろ、カブトムシなら嬉しい。ただそれだけだったのに、人格否定ギリギリまで叱られたことを覚えている。あの頃はまだ、両親を恨む理由もなかったのに。
「さすがにこの歳でカブトムシ投げつけてまだ好きでいてくれる人がいたら結婚したほうがいいよ」
「黙れ」
りょーのさんとの出会いで、公園で時間を潰すことが増えるかもしれないから、匠にそれを話すだけのつもりだった。こうも、こういうチャラチャラした男は、そういう話に持って行きたがる。高校生の、青春っていう登竜門のような、遊びのような、そんな恋愛ならまだしも、大人相手にそんな軽々しく考えるべきじゃない。簡単に、相手のみならず人に迷惑をかける。それは、匠が言ったことも同じだった。