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長所:大人げない

「お疲れ様。隣いい?」


 お尻を端へ寄せて肯定を示す。少年の持っていた紺色のジャージとお揃いの色の縄跳びが滑り落ちてカラン、と音を鳴らす。

 雨が上がってから、すっかり日に照らされて乾いているとはいえ、そのまま座るかどうか一瞬だけ迷った。けれど高校生の頃の自分なら、一万円くらいする制服のスカートででも、公園のベンチに座るだろう。だからというわけではないけれど。そう心の中で呟いて、ベンチに腰かけた。


「はい。こういうの嫌いじゃなかったら、よかったら食べて。ジュースも、好きなの選んでいいよ。――あ、お酒以外でね」


 大人ぶっている。大人ぶれている。それだけでどんどん調子に乗っていくのがわかる。安くないビールをつまんで、そのまま慣れた手付きでプルタブを開ける。小気味良い音と共に、遼乃の大人モードは吹き飛んだ。



 我に返った時には、すっかり日が暮れて辺りは真っ暗になっていた。ずいぶん大きな声で話してしまった気がする。ここが人気がなくて本当に良かったと胸を撫で下ろしながら、心底面白そうににやついている少年の顔をじっとりと見る。


「私……何話してたっけ?」


「ここ最近良いことないんだよね~って愚痴をひたすら」


 いつの間にか抱えた紙袋に手を突っ込んでは焼き菓子を頬張る彼のリラックスした様子を見ると、ずいぶん距離を詰めた話し方をしてしまったらしい。しまった。酒のせいと言うより、興奮しすぎてほとんど記憶がない。

 青ざめて口を噤むことしかできない。イガイガする喉を通って飲み込まれる唾が、いかにも酒焼けを演出していて罪悪感を増す。


「それで、りょーのさん的には俺が財布拾ったのはラッキーだったってこと?」


「ちょ、ちょっと待って。私、名前、言った?」


「うん」


「あああぁ……ごめん、ごめんなさい……」


「別に謝ることないと思うけど。不公平だと思うなら俺も自己紹介する?」


 少年の表情や声色から窺うに、迷惑そうとは思っていないことはいい。いいけれど、恥ずかしいことに変わりはない。ほぼ初対面の年下と見える男の子に、面白がられながらずっと話し続けていたのだから。

 うんともすんとも言えずもじもじしていると、彼は首を傾けて、自然な笑みを浮かべた。髪の毛は短くはないから、スポーツ系にはあまり見えない。物静かそうな印象を受けるけれど、骨格のしっかりした顔立ちは、どちらかと言うと整っているような気がしてきた。急に、別の方向で恥ずかしくなる。


「橋下 榴。高三だから、アンタの六個くらい下かな」


「ぶっ」


「は?」


「歳も言ったの!?」


「だから、自分で言ってたって。社会人二年目です~って」


 頭を抱える。六個くらい下と自分でわかっている相手に、恥ずかしげもなく名前から歳から全部ベラべラと喋るなんて、社会人として終わっている。彼は何てことないように言っているが、この様を他の大人――例えば親とかが見ていたら、何十年後までぐちぐち言われても仕方ないような失態だ。


「……引いてない?」


「なんで?」


「大人げない、って」


「……それ、長所かなって思うけど」


「……え?」


「なんでもない」


 呟いただけの言葉はよく聞こえなかった。引いていないんだろうとは思うけれど、そんなことすら自分で聞いてしまうのが心底恥ずかしい。全て、自分がやっていながら。


「でも……話しやすかったんだよね」


「うん」


「一緒だな、って思ったから」


「うん」


 顔は見られなかった。今度こそ、しっかり恥ずかしいけれど、しっかり伝えたい言葉だった。遼乃が彼に興味を持ったのは、財布を拾ってくれたからじゃない。いつもこの公園で、同じように時を消費している仲間だったからだ。それがたまたま、財布を拾ってくれたというだけだ。


「俺も。大人は嫌いなんだけど、アンタは大人なのに話せる。気が合うんじゃないかな」


「大人が、嫌い?」


「そ。まあ、俺も色々あってさ」


 ベンチからさっと立ち上がり、華麗に広げた縄跳びを両足で跨ぐ。背中越しには頬と顎のラインしか見えず、榴の表情は窺えない。

 サク、サク、サク。それ以上何も言わずに、聞き慣れた音が静かな公園に響き渡る。

 いつもと違う物がある。そのうちの一つは、空を切る縄跳びの音だった。その音は遼乃を遠ざけようとするかのように、冷たくて鋭利だ。


「また、明日も来るかな」


「うん、まあ、多分」


 縄跳びを跳びながら、勢いのついた息で、けれど昨日と同じように答えた。それが何故だか少しだけ嬉しくて、遼乃も声を明るくする。


「それじゃあ、また明日! 今日はありがとう」


 返事はなかったけれど、遠ざかる程にいつも聞き慣れた足音に変わっていく。そのことに、少しずつ心が癒やされていくような気分だった。


 そうだな、榴くんが財布を拾ったのは、ラッキーだった。

 わざと、そう思うことにした。そう思って、一匙でいいから救われたかった。この出会いは、現実逃避の一環にしたくないような気がしたから。




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