表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/42

騙されてみませんか

「すみません、かえって面倒でしたか」


「ううん。すぐ落ち合えてよかったよ、普段あんまりこういうところも来ないから……」


 腰の低い様を見せていたのに、すぐに姿勢を正して、ふうん、と遼乃の格好を見やる。爽やかな淡い色のシャツの手首から、目立ち過ぎていないオシャレな時計が覗いている。社会人一年目とは思えない洗練された出立で、まるで坂巻の方が年上のようだ。遼乃の方はと言えば、いつものあまり似合っていないオフィスカジュアルと何ら変わり映えのない格好だった。


「僕は探したいものがあるんですけど、横井さんは何か見たいものはありますか」


「え、えっと……」


 半ば強引に坂巻に連れ出されたのだ。弱みと言って差し支えないものを握った途端、坂巻の押しは強くなった。買い物行きますよね、と語尾を強められて、断ることもできないほど、遼乃には咀嚼しきれないことばかりだ。


「服、とか?」


「え。選んでいいんすか」


「え、選んでくれなくていいよ、勝手に見る」


 榴を好きなことを認めろ、という坂巻の圧に負けたその結果がこれとは、遼乃にも思いもよらなかった。あの日、榴の話を聞いた坂巻は、あくまで客観的な事実ばかりを述べた後、改めてデートをしようと誘ってきた。断りようもないままずるずると流されて、一人ではなかなか来ないような繁華街までやって来ていた。


「じゃあ、駅ビル適当に歩きますか。僕の覗きたい店の一個下のフロアに、服屋が色々入ってたと思います」


 ぎこちなさなんて一切見せず、自然に歩き始める。そういえば、坂巻には彼女とかいないのだろうか。ちょっと一言多い感じが嫌味ったらしい時もあるけれど、遼乃のややこしい話を無理矢理にでも聞き出そうとした姿勢は、感触が悪いだなんて微塵も思わせない、いわゆるモテそうな男性のそれだった。


「……なんですか、ぼーっとして。無理に連れ出したのは事実ですけど、置いてかれようとするなら、手繋いじゃいますよ」


 ついて行こうとしない遼乃を振り向いて、怪訝な顔で手を捕まえてみせる。向こうが百枚上手なのだ、あまりつけ込む隙を見せるなというようなことを何度も言われたのに、どうしても体と頭が軋んで賢く考えられない。


「ごめん」


「そうやってぼーっとしてるうちに高校生といい感じになっちゃったんですか」


「違う! ……と、思う」


 揶揄うような言葉も、坂巻は普段のように馬鹿にしたような明るい口調では言わない。飲みに連れて行かれた時からそうだ。遼乃を宥めるように、低くしっかりと言葉にする。かえってその方が、遼乃の過ちが冗談では済まされないと嗜めるようで、本人にもずっしり響いている。


「言っときますけど、僕は横井さんと噂されたりしても全然困らないし、問題ない状態です。彼女いませんし、横井さんとお近づきになりたいので」


 けろり、と言ってのける。心臓がぶるりと震えるのがわかる。わかっていたけれど、もう目尻を赤くしたりもしないで、坂巻の視線は真っ直ぐに遼乃を貫く。彼も彼で、腹を括っているのだ。


「なん……」


「その話はご飯でも食べながらしましょう」


 ちょっと出かける時に持って行けるカバンが欲しいんですよね、とさらりと話題を逸らす。翻弄するのが目的ではないのだ。あくまで、坂巻は遼乃に釘を刺しながら、布石を打つだけ。


 坂巻との買い物は、思った以上にハードだった。それで初めて知ったことだが、案外こだわりが強い。強い言葉で批判したりはしないけれど、良さそうな反応をしても最後にはあっさりと諦める。理由を聞くと、なんか違ったので、と彼らしくなく曖昧な答えを口にする。ようやく妥協点を見つけた頃には、とっくにランチのピークタイムを迎えていた。


「横井さんに希望を聞いても決められないと思ったので、予約しときました。僕のちょっとお気に入りの店です」


 にこりともせずナチュラルに嫌味を言い、坂巻に連れられたのはオーソドックスな雰囲気の洋食屋で、あまり広くない店内で空いていたのは予約、と札の乗ったその席だけだった。


「横井さんってめっちゃ流されるタイプですよね」


「う……」


「篠井さんに聞きました、元彼の話。直接的な話じゃないすけど。まーそういうことなんだろうなーって。んで、そんなこんなで荒れてた時にあんな頑張ってるって、すごかったんだなって思いました」


 坂巻は、普通なら言いづらそうなことを、さも言いづらくなさそうに、アイスコーヒーのストローを時折咥えながら口にする。


「でも、流される相手はちゃんと見極めないと」


 流されるだけじゃダメだ。自分に言い聞かせてきたそんな言葉ではない。驚いて上瞼を開いて坂巻を見ると、営業スマイル以外ではない、ニコ、と笑う顔を浮かべた。


「坂巻は端から端まで計画的ですよ。職場での姿で知っているでしょう。どうですか。試しに僕に騙されてみませんか」


 ストローを摘む右手首の時計と、アイスコーヒーに浮かぶ氷が同時に光を反射する。坂巻の笑顔から、無垢さなんて感じない。無邪気さなんてない。——榴とは、違う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ