対角に蹲る
洗面台で脱ぎ捨てた服を見て、複雑な気持ちになる。よく考えたら、自分の知り合いに会わなくてよかった。母校の近くとはいえ、普段から知り合いに会うことはほとんどない場所でよかった。匠の比ではないほど不審がられるに違いないのだから。
シャワーを浴びながら、榴にあんな風によく出来た友達がいて良かった、とふと思う。匠は見た目にも気を遣っていると分かる通り、自分への気遣いの仕方や、榴への接し方どれをとっても、すごく丁寧な子だった。あの後ほんの数分喋っただけで彼とは別れたけれど、信頼の置ける人だと思わされた。
「今日は……ごめん」
勉強を再開した榴を横目に、気持ちだけでもと英会話の本なんて読んで時間を過ごした後、彼はそんな風に言った。結局お昼以降ろくに会話もしなかったけれど、彼なりに悶々としていたのだろう。
別にいいよ、と笑った。恥ずかしい思いをすることを選んだのは自分も同罪だ。でも、次はなしだね、とも。そして、私たちの、私の恩返しのための関係は、また振り出しに戻ってしまったような感じだった。
けれど、また彼とは会いたいと思った。榴が言うのを躊躇って、自分も聞くのを躊躇ってしまったこと。踏み入れるべきではないかもしれない。けれど、自分がそれの存在に気づいたというだけでも、彼のためになればと思うのだ。
今日はごめん。メッセージでも繰り返されていた。
また。その言葉だけ入力して、逡巡する。また、同じようには出かけられないだろう。それならば、今を生き急ぐ高校生にはできないだろうから、自分から告げよう。
またしばらくしたら、進路のこと話してよ。
自分で悩む時間も勿論必要なことだと思う。自分がそう思えていたかはともかく、今はそう思う。榴の中で、色々な要素があるとして、私にはその全てを勘定することはできないのだから。
家のことで何かを抱えていることは、大抵の場合、隠し通せない。そもそも、愛想笑いの苦手な榴は、嫌なことを聞かれて嫌な顔をしないでいられない。少しだけ踏み込もうとするような素振りを見せた遼乃に嫌な顔をしなかったことだけでも、驚くべきことだった。
まだ眠るつもりもないけれど、電灯をつけないままのベッドにうつ伏せになる。高校生と同じ姿の遼乃と一緒にいるのは、今までよりも心地良かった。自分が周りから見て変なことをしているようには見えないから、だろうか。それはまるで、一人では入りづらいレストランに、恋人でもない女性を連れて行くことのように、利己的な考えだった。
進路について悩んでいると言えば、悩んでいる。悩んでいないと言えば、悩んでいない。口うるさい母親が納得するものと、自分の前ではほとんど感情を露わにしない父親が望むものとが、本当は違うのだということに、目を瞑れば。
いずれにしても、彼らは決して榴のために榴の道を考えているのだとは思えなかった。子供とは、育ってしまえば親の経歴そのものになるのだろう。自分の理解の及ばないようになど、生きさせたくないだろう。
そんなこと何一つ、知りたくなかったと思う。どんな選択をしても、親に歯向かうか、従うか。そのベクトルの向きで評価されてしまう。自分自身が、親の顔色を窺っているからに違いなかった。