フリだけなら
彼女の姿が見えた時、唐突に後悔の念が押し寄せた。普段の、綺麗なブラウスと清潔感溢れる紺のスカート姿は、全然似合っていない。だからといって、あまりにも違和感のない制服姿も、それはそれで、年齢を知っているこちらからするとそわそわするものだった。
どう声をかけるか悩んだ。似合ってる、と言うのも、似合ってない、と言うのも、どちらも失礼な気がする。自分が言い出した手前、やっぱりやめた方がよかったなんて今更言えない。だから、いつも通りに軽く声をかけた。
かなり恥ずかしそうにしている彼女の目元を見て、ふと気づいたことを口に出してしまう。出してしまってから、当然間違いだったと気づく。自分も焦っているのだろうとわかった。
図書館で勉強するから付き合ってほしい、制服で来て、というのが、久しぶりに送ったメッセージの内容だった。人と勉強するのも、図書館なんかに来るのも、一度もやったことがない。ましてや、女子と来るはずがない。けれど、LINE上で聞くような勉強もないし、公園にも店にも行きづらいのだ。だから、彼女が谷北生に見えるようなところに行けばいいと思った。試しに、そうやって彼女にお礼をしてもらおうと思った。
人といれば、嘘をつく必要がなくなる。そのためだけなら、匠に頼めば良いのだが、俄に会えなくなったりょーのさんの相手をするのも、自分の義務のような気がしてしまった。否、見過ごせないのだ。踏み込んでおきながら、彼女の残念そうにする姿を放っておくのが気持ち悪いと思った。
はっと意識を取り戻した時、驚いて顔を上げてしまった遼乃と、榴の目が合った。途端に浮かび上がるにやけた顔を見ていて、ずいぶん居眠りしていたことに気づく。手元に広げた雑誌なんて、内容を読んだ記憶が少しもない。
「お疲れさまなんだな」
「いや、いやいやいやそんなことないから……っ! 大人げなくて、ごめんなさい」
イヤホンを外した榴は、表情に表れているよりはずっと優しく、気遣うようにそう言った。最初に広げていた教材は全て片付けられ、小さな単語帳だけ片手に収めていた。
「だから、良いところだと思うけど」
「え?」
「なんでも。それにしても、わざわざ図書館でそんな雑誌持って船漕いでる高校生なんていないよな」
今度は悪戯っぽく言われて、恥ずかしくなる。榴はきっと、持ってきた課題を一通り終えるほど真面目にやっていたろうに。
「も、もうお昼時なんだね。榴くん、お弁当? 特にないなら、奢らせてよ。マックとか」
「いや、持ってきてない。奢ってくんなくていいけど、いいよ」
普段ファッション誌なんてこれっぽちも読まないから、適当に手に取っただけの雑誌を戻しに行くのに、一緒に席を立った榴はついてきた。遼乃ばかり恥ずかしくなるけど、榴はなんとも思っていないような顔をしている。
結局、勉強に文字通り「付き合った」だけになってしまった。自分も何か勉強のようなことをすればよかったのだけれど、何か読むものをと探しに席を立ってまず雑誌コーナーに吸い込まれるのも、大人になってしまった感じがする。
「ごめんね、なんて言うか、寝ちゃって」
「勉強捗ったからいいよ」
「集中できたの?」
「うん。なんか、りょーのさん見てると、真面目にやらなきゃなって思う」
悪気はなさそうだけれど、なんだか癪に触る。六つも年下なのに、何もかも榴の方が大人びている。
「わ、私も真面目にやるもの」
「そういうトコ、フリだけならホントに高校生っぽいな」
声を上げて笑われた理由がわからなかったけれど、彼の笑顔は今までで一番嬉しそうだった。だから、私もつられて声を上げて笑ってしまった。
本当に、高校生に戻ったみたいだった。