フツーのお礼
「なんですっぴんなの」
デリカシーがないのは天然だ、きっとそうだ。そう思うことにして、毎日しっかり化粧をするのが義務になっているからこそすっぴんで外に出るのがどれだけ恥ずかしかったか、とごちるのを我慢した。
「ホントの女子高生みたいに肌が綺麗じゃないのはわかってるけど、バリバリにメイクして行くのも変かなって思っただけなのっ」
「そういうわけじゃないけど」
「え?」
「いや。フツーに、女子高生っぽいと思うけど」
「……正直、複雑」
握り締めた拳を膝に置く。プリーツスカートの触り心地が、懐かしい心をくすぐる。言われた通り制服を着て来たのに、榴はかなりなんでもないような顔をして、ども、と挨拶をしたのだ。
ウキウキした気分と、消えてしまいたいくらいの恥ずかしさが交互に顔を出しながら、そのスリルが甘酸っぱい感情をくすぐる。制服姿の榴は、それ以上何も言わずに歩き出してしまう。
「え、ちょっと」
「図書館、行ったことない?」
「あるけど」
スクールバッグなんて、さすがに残していなかった。目立たないベージュのトートバッグに、気持ち程度の文房具を入れればそれなりに見映えした。普段手ぶらだった榴もさすがにリュックを背負っている。こうして見ると、改めて高校生だ。
勉強付き合って、というメッセージのはずだった。いつの間にかこんなことになっていたのは何故なのか、今やよくわからない。実家で捨てられそうになっていたのを、使い道もないのに持ってきて大事にしまわれていた制服がやっと日の目を見ることになった。高校に通っていた期間より高校卒業してからの期間の方が長いほど歳をとったというのに、袖を通すのにそれほどの抵抗感があったわけではないのが不思議だった。
「普段、図書館とかで勉強するの?」
「しない」
「じゃあ、なんで」
やっと追いついて隣に並べた。横顔を見上げると同時にこちらを振り向いた榴は、唇をむっと噛んで眉を潜める。
「…………」
あの時と一緒だ。間違えた、と思う、と歯切れ悪く誤魔化したあの時と。けれど、今回は驚きはしない。ただ、彼がそんな風にする理由を考える。
「フツーっぽいから、とか、かな……」
言いながら後悔しているかのように頭をガリガリと掻いて、一、二度頭を横に振る。思わず首を傾げた。いつも理解に苦しむ態度や言動をするわけではないのに、こうしてわからなくなるのが不思議だ。
普通っぽいから図書館に行く、というのは、どういうことだろう。まるで、デート先に悩むウブな彼氏のような――。
「ないない!」
「え、何」
「な、なんでもない」
わかんないわかんない。そんなことじゃない、そうじゃない。それでいきなり制服コスプレさせたりなんかしない、と思う。普通なら。榴が普通らしい高校生かと聞かれて、すぐに首肯することはできないけれど。
なんとなく気まずくなって会話もほとんどせず図書館に着いた。地元の小さな図書館は、本目当てで来るのなんて、親に連れられて来た小さな子供か老人くらいだ。まばらだけれど谷北生が窓側の席に陣取っているのも見られる。右、左、右、と見渡した榴は、本棚を抜けて、更に低い本棚の向こうの机に陣地を確保した。
「何の勉強するの?」
「とりあえず宿題」
「ふーん……」
リュックから次々に現れるプリントをちらっと見ると、猛烈に懐かしくなる。日本史の穴埋めプリント。問題だけ書かれた数学のプリント。英語の小テスト。それらは一つ残らず、男子学生らしくもなく綺麗なクリアファイルに収められていて折れたりも曲がったりもしていない。榴が几帳面な性格だということが窺える。
「勝手にやってるから、お構いなく」
え、と呟いたけれど、顔を上げた時には榴の両耳にはイヤホンが挿さっていた。