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転がれ

 溜め息をつく。すぐにそれに気付いて頭を振る。おかしい、おかしいのだ。良くないことばかりだったからうんざりしていたのに、ただ期待が裏切られるだけで溜め息をつくなんて、状況が苦しいのではなく、自分が悪いのだと思い知らされる。

 いつも通りのはずだ。汚れていると言うには綺麗すぎる、歩きやすさだけを考えたパンプスは、自分が大人になってしまったこと簡単に物語っている。大学生の頃は、細いヒールでも、きついパンプスでも、もっと遠くまで一人で行けた。そんなものを見下ろしてセンチメンタルに浸るなんて、若い気に当てられてしまったのかもしれない。

 否、一人で行けてた気がしていただけなのだ。誰かに媚びへつらって、それで何でもできる気がしていただけなのだ。一人きりに放り出されて上手くやれなくて、無能感を覚えていたところに、誰かが手を差し伸べてくれただけで、浮かれていたのだ。


 榴と公園で会うのは、たぶん来る、という曖昧な約束で成り立っていたから、勿論果たされない日もあった。そんな日は、榴も遼乃も代わりにメッセージを送った。それは大抵、何かあった?というようなもので始まって、その日のことを当たり障りなく話すだけだった。直接会ったとしても、同じように話をするというより時間を過ごすだけだった。目を見てしっかり語るでもなく、寂しくないだけの独り言のように、散文的な会話だった。



「りょーのさんは、親と仲良い?」


「うーん……悪くはないかもしれないけど。普通、かな」


「普通……。って、どんな感じ」


「二十超えたら、一年にそんなに何回も連絡しないくらいかなぁ」


 言ってから思い出した。折り畳み傘を返してくれた時、少し母親の話をするのが嫌そうだった。このくらいの時期、自分も親と少し衝突していたような気がする。勉強がどうとか、進路がどうとか。一人暮らしを始めるのにも、やはり色々と揉めた。

 何も返事をしない榴の尖った唇は、少し羨ましそうにも見えた。帰ったら毎日親の小言が待っているだなんて、確かに考えられない。どうせご飯はコンビニで買うのだし、その他の家事があったとしても一人暮らしの方が楽だ。


「一人暮らしとか、するの?」


「したい」


 すぐに答えて、でもなぁ、と伸ばす。空を仰いだ榴の目蓋は、上を向いてから伏せられる。ふう、と一つついた溜め息が、彼の抱えるものを仄めかす。


「りょーのさんは、一人暮らし?」


「うん、今はね。実家もすぐ近くだけど」


「実家近くても、一人暮らしってするもん?」


「私は、家出たかったからなぁ」



 彼が家庭環境に何か問題を抱えていることは、だんだん確かになっていく。ジャージで、制服で、公園に現れ、時間も決めずただ漫然と過ごして去っていく榴は、なるべく外で時間を潰しているようにしか見えなくなった。

 自分の愚痴は、大したものじゃない。ただ退屈で、楽しいと思えることや目標がない日々の中で、少しその退屈を苦痛に変えるようなことがあると、心が軋むだけだ。それは、多感な時期の少年の悩みなんかよりも、ちっぽけに思えた。

 

 金曜日は、飲み会だった。今日は飲み会なんだ。そっか。そのやり取りの後、土曜日も当然会えない。日曜日も。月曜日も、雨が降った火曜日も、水曜日も遼乃は一人で公園を通りがかるだけ通りがかって、その姿が見えないことに肩を落とした。

 公園にはあまり行かなくなるかもしれない。受験勉強しないと。そうだよね、わかった。と、なんでもないように返した自分は一番嫌いだった。


 既読がついてから四日後、榴のメッセージは、本当に彼から来たものか信じられなくて目をこすって何度も読み直した。朝起きてからまた読んでも、一字一句そのままだった。

 信じられないのに、ちゃんと行動に移していた。こんなこと、一人じゃできないのだ。こうでもしないと榴と関わっていられないからというだけでなく、彼という人間のおかげで、ドキドキするようなことをできることにワクワクした。


 姿見の前でネクタイを締める。悪くない気がする。それだけで、なんだか女子としての自信すら戻ってきた気になった。

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