head on or
もう慣れた光景は、あまりにも淡々としている。応援する気は元よりないし、自分が声を上げたって部員はみんな驚くだけだろう。まだ春だというのに小麦色に焼けた肌を見せて、ゼッケンを背負った少年少女が駆けていく。ある意味、発着する電車を見ているような気分になる。彼らは、一度ならず何度も行ったり来たりしているのだけれど。
「っよ」
「なんだよ」
結露なのか汗なのかわからないが、スポーツドリンクのペットボトルから水滴が飛ぶ。それを振り上げた匠は、ニヒルに笑む。真っ赤に焼けた頬が、余計に人懐っこく見える。
「いつも以上にぼうっとしてない? 感傷にでも浸ってんの?」
「そんなわけあるか」
家に帰りたくないのを家出にしないために所属した陸上部は、顧問が適当なおかげで何もしないで見ているだけでも何も言われなかった。一年の頃、部長に便宜を図ってくれた匠は、自分が、部長になった。だから、榴は練習や大会に出席するだけの幽霊部員――見学部員とでもいうべき存在で二年間過ごしてきた。今日は、春の大会。三年の最後の大会だった。
「練習出てないとはいえさ、榴足速いじゃん。一回くらい大会出ればよかったのに」
「……もう遅いだろ」
申し訳ない気持ちがないわけではなかった。中途半端に参加してしまったら、例えば真面目に努力していた後輩たちや先輩たちに悪い。あくまで自分は部費を払っていさせてもらっているだけの存在だ。真面目にやる気がないのに、練習や大会に出るのは間違っていると思っていた。
「もしかして、『りょーのさん』のこと考えてんの?」
「は?」
「ムフフ。俺、榴のことなら何でも知ってるんだよねー」
思わず肘鉄を食らわす。ぐは、と大げさなリアクションをして匠は蹲る。
「ウソウソ。こないだ、スマホ机の上に置いてってたとき、通知来てるの見ちゃったんだよ」
「勝手に見んな」
「まあいいじゃん。いっつも色々してやってるんだし?」
それに関してはぐうの音も出ない。陸上部をいるだけの隠れ蓑にできているのは、最初から匠のおかげだ。
「その、彼女となんでLINEなんか交換したの」
「……向こうが」
慌てた様子で提案してきたりょーのさんを思い出す。こんなことじゃ貸しを返してもらうなんて難しいんじゃないかとは思っている。けれど、まあいいのだ。彼女が何かしら納得して満足できるならば。自分だって楽しんでいないわけではないのだから。
「ヤバ! マジでモテてんじゃん榴。で、どこまで行ったの?」
「だからそんなんじゃねーって」
もう一発肘鉄を食らわす。正直、ありがたかった。家の事情を知っていて、心配もしてくれているのに、こうして冗談にしてくれる。彼がいなければ、ここまで我慢することも難しかったと思う。
「あ、ヤバ、俺行かなきゃ。じゃ、ラストラン、四継見てろよ〜!」
おう、とか雑な返事をした。既読をつけていない一つのメッセージについて、溜め息をつく。こうなることはわかっていた。どうしたらいいかは、わからなかった。
遠い歓声に迎えられた匠たちを、目を細めて見やる。青春だ。紛い物だとしても、自分も参加すればよかったのだろうか。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
着替えの入った袋を、無言で差し出す。母親は無駄に機嫌が良さそうだ。理由はわからないでもない。
自主練を理由に公園に屯するのは、もうできない。それなら仕方ないね、と綴ったりょーのさんの文面は、丁寧に気にしていないことをアピールしていた。そんなこと、絶対にあるわけないのに。
思いつきを、書いては消し、書いては消し、三度目になってやっと送信した。こんなことをしていいものか、わからない。匠にバレたら物凄く笑われる。けれども、自分が腰を上げれば、油を差したチェーンのように気持ちよく回り始める。まだそうであることが嬉しいかのように、榴は獣道に轍を残し始めてしまった。




