言うなれば、逃げ場
OL×男子高校生のリクエストを受けての。
なるべく短くさくっとちゃんと終わらせたいと思っていますが、例のごとく話は軽くならなそうです…!
サク、サク、サク。リズミカルな足音を聞きながら、横井 遼乃はたっぷり溜め込んだ息を吐き出した。
どうしてこうも、どうにもならない事ばかり重なるのだろう。公園のベンチで黄昏ることの他に、思うようにできたことが一つもないような気にまでなる。
サク、サク、サク。向こうの街灯の麓の人影も、今日もいつもと変わらない。その人が果たして毎日同じ人物なのか、それすらもわからないし、どうでもいい。そのくらい、普段の風景の一部でしかない。
しかし、考え様によっては、普段通りということの何と素晴らしいことか。見ず知らずの――否、見てはいるから知らないだけの人に、心の中で少し感謝して、すぐに自分で鼻で笑った。
そんなちっぽけなことを肯定することしかできないくらい、打ちのめされていた。安いビールを呷って、自動販売機の横の空き缶入れ目がけて投げる。カラン、と小気味良い音が、妙に癪に障った。
「……なんでよ」
僻むなんてカッコ悪い。これも自分の功績なのに。でもまさか、空き缶を捨てる技術にそんなに誇りを持てるわけがない。
こんな落ち込んだ景気から抜け出すには、いつもと違うことをしなければ。そう思った。だから、いつも通らない方から公園を出ようとする。
足音の他に息遣いが聞こえて、無意識に顔が向く。赤い頬の少年と窶れたOLは一瞬目を合わせ、けれどよくある事故のような一瞬として消化した。
その時確かに、二人の人生は違ったレールを辿り始めたとも知らずに。
苦しい。心臓がうるさい。口の中が酸っぱくて、更に酸っぱいものがこみ上げる。
どうしてこんなことをしているのか、と聞かれることが嫌で、意地でも足を止めることができない。
俺は、バカじゃない。だから、こんなことをしている。橋下 榴にとって、毎日縄跳びを跳ぶことは、クソッタレな現実から目を逸らす方法の中では最も有意義なことだった。
倒れるまでやってやる。自棄だとしても、俺をかわいそうだとは思わないだろう。
そう思って始めたはずの日課は、立派なトレーニングになってしまった、成長期の男子にとって、多少の無茶で育まれる筋肉はバカに出来ない。
何の意味もなく引き締まっていく身体を映した鏡の中には、とても活き活きとしているとは言えない顔の男が立っていた。
俺はバカじゃない。愚か者を演じているだけだ。けれど、何のために――?
そこまで考えて、大きな物音に思考が持っていかれる。そうだ、考えてはいけない。この無為な時間を有意義に使うために、俺はただ何かに集中しなければいけないのだ。
風呂に入って仕上げた疲労感は、余計なことを忘れさせてくれる。ベッドに倒れ込もうとして、机の上に置いたそれに目が向く。
あの人もきっと、何かから目を逸らすために夜中の公園なんかに通っているのだろう。興味も、感情も感じなかった瞳を見れば、財布を置き忘れてしまうのも納得できてしまう。
そう、共感しているのだ。だから、放っておかなかった。きっとあの女性は明日も、少なくとも今週中にもう一度くらいはあの公園にやって来る。ピリピリとしたストレスを誤魔化してくれる、広くて、暗くて、無関心な場所。あそこを快適だと思うだなんて、よっぽどなのだ。
ぼんやり顔を思い出す。とてもじゃないけど大人っぽくはないが、子供にある溌剌さが微塵もなかった。
大人は、ダサい。使命感で自分を追い込んで、苦しいことを口に出さない。そんなもの、逃げられるのであれば逃げたって苦しさは変わらないというのに。であるならば、自分の好きなようにした方がいい。榴は常々思っていた。
あの人も、笑うことがあるだろうに。誰もそれを責めたりしないだろうに。そんな独白を自ら聞いて、自らで呆れた。他人の心配をする余裕が残っているだなんて、これもまた現実逃避だった。