第一話 出会い
進行が遅く申し訳ありません。
エピローグに続き、第一話をお読みいただきありがとうございます。
毎週火曜更新の予定です。
それではよろしくお願いいたします。
ここはかの誉れ高き王が座す『王都ウィンスキン』から、馬車を三日から四日走らせると到着する最も近い村『ジーン』である。
モルト山脈の東の麓に位置する村であり、人口四百人程度の村であるが非常に活気がある、旅人にも対応が優しい村だ。
そんな村に今日も訪れた新参者の一人が、手続ぎを終えて木製の重厚な門を潜る。
「王都に箱入り状態だったから、村はどんなもんかと思ったが……賑わいは負けてないな~」
男は村一番の大通りの出店に並ぶ人だかりや、昼間より酒をあおり陽気にしている人々などで賑々しい様を見渡すと
快活な笑顔で独り言を口にした。
男は、紅緋色をした頭髪で余り毛を一束で結んでおり、凛々しくも人の好さそうな顔している。
恰好は旅のものに相応しい軽装だがその身を包む簡易な鎧を見るところ、商人ではなく武の心得があるようである。
勿論、腰に差した剣も飾りというわけではなさそうだ。
男は、よしと一人決意を固めたように意気込むと大通りを突き進む。
途中、商売上手な道具屋や、雑貨店など多種多様な店から声がかかるが曖昧な返答をしながら笑顔で通り過ぎる。
青果店の前を通り過ぎようとすると、下からずいと林檎を持った小さな手が伸びてきた。
「ん?お嬢ちゃん、お店の手伝いか?」
この人混みでつぶされないように、しゃがみ込み目線を合わせて男は小さな店員に声を掛ける。
少女はにこと無邪気な笑顔で男を見て頷いて返事をすると、
「そうなの。今日はお母さんが病気になっちゃったから手伝いしてるの!」
偉いでしょ!と目を輝かせて話す。
「そうか……。偉いな……そうだ、村のギルドの場所知らないか?」
「ギルドはね、この通りをまっすぐ行くと見えてくるよ!大きな建物で、すぐわかるよ!」
少女の頭を軽く撫でながら、男は尋ねた。
少女は褒められたのが嬉しいのか、先より少し大きな声で答えた。
「……そうか~。ありがとうな、助かった。それじゃ、林檎二個頂戴な」
男が溌溂と少女に向けて言葉を返して、革袋から銅貨を二枚取り出して手渡す。
少女が小銭を受け取り、「ありがとう! お兄ちゃん!」と林檎を二個差し出すと、再度礼を伝えてその片方だけを片手で掴み
立ち去る。
子供が慌ててもう一個を届けようと、後を追おうと足を向けるが、
「それは、お母さんへの見舞いだよ。お大事にな」
いいよいいよと手をひらひらさせて男は人ごみに消えていく。
呆気にとられる少女の横で、その父親が男の背中に向けて礼を述べてお辞儀をした。
そのまま、男は人をよけながらまっすぐを進む。
林檎を齧りながらも、巧みに人を交わして難なくゆったりと道を歩いていく。
程なくして、広場のような広がった場所に到着し、眼前に店舗や住居とは作りの違う厳かな造りをした建物が現れた。
男はほうと感心するように声をあげて、その建物の入り口へと向かった。
両開きの重そうな扉を開くと、集会所のようなフロアのようで先ほどにも負けず劣らずな賑やかさがあった。
男は頭上の案内版を確認し、ギルド受付へ歩き出す。
僅かだが男は視線を感じた。それは、好奇の眼差しであったり、怪訝な眼差しであったりと流石冒険者が集まる
場所だけあるなと男はその視線を感じながら内心でひとりごちる。
「すみません。 冒険者登録をお願いできますか?」
男はギルド受付と立て札のある、場所にいる受付嬢らしき女性に伺うように丁寧に声をかけた。
眼鏡をかけた萌葱色をしたボブカットの女性が顔を上げて、少し驚いた顔をして男をみる。
どうやら、冒険者登録はこの村ではそこまで頻繁にあるわけではないようである。
(それもそうか、王都とは規模も違うしな。)
「失礼いたしました。新規登録でよろしいですね?」
受付嬢は、すぐに表情を変えて対応をする。
登録用の紙を引き出しから出すと、男の目の前に広げた。
慣れた手つきで魔法ペンで事務処理に必要な箇所を書き入れると、
男が書くべき事項に同じ魔法ペンで色付けの線を引いた。余談だが、魔法ペンは、それぞれ使える色と細さ太さはあるが
持ち主の意思で自由にそれらが変更できる便利なペンである。
「こちらにマーカーに必要事項をご記入くださいませ。」
彼女はくるりと男が見やすいように紙を回して、右手にペンを手渡しながらそう伝える。
男は、指示通りマーカーの箇所に記入するため項目へと目を通して書き始める。
(まずは、年齢、21。出身は王都。性別は男。種族は人間。特技はは剣術、魔法もまぁ少々。趣味?なんだこれ、意味あるのか?
えーっと、料理かな。あとは、名前……名前か――。)
「……」
男が、ペンを止めて。悩むように頭を軽く搔けば、受付嬢が何か不備があっただろうかと覗き込んだ。
「コホン、念のため申し上げますが。偽名を使用した場合は、ギルド法により裁かれ、冒険者の資格ははく奪されます」
訝しむように彼女が眼鏡を指で上げて、忠告すると男は「そうだよな」と苦笑して、ペンを走らせる。
まもなく、書き終えて紙の向きを変え、ペンを彼女に返却する。
「ありがとうございます。えーっと、お名前は『ハイン』さんですね。ふむ、武器は剣と……魔法もお使いになられるのですね。」
「まぁ、補助程度には……。」
質問ともいえないその言葉に、ハインは曖昧に返答する。
彼女は頷きながら、書類を確認しつつ、数点質問を投げかける。
「おや、王都の方なんですね、珍しいですね。なんでまたこちらに?」
「……まぁ、都会での生活に飽きてかな」
「そんなものですか、こちらでの暮らしの方が飽きが多そうな気もしますが」
(ぐいぐい聞いてくるな……この子……)
ハインは、さして意味のなさそうな質問に心中で溜息を吐きながら、適当に答える。
書類に目を通しながら質問しているからか、目の前の疲弊気味なハインの顔には気づく素振りはない。
「ちなみに、そちらでも、冒険者登録をされていらっしゃったのであれば、その際のランクもお聞かせ願えますか?」
「ああ。Bランクだ」
やっとまともな流れに戻ったのかとハインは息を吐いて、王都の銀色に輝くギルドカードをみせた。
彼女はそれを確認すると備考欄にささと記入して、「しばらくお待ちください」とハインへ伝えて席を立ち奥へ消えた。
五分程度経つと、手札のようなプレートを手に持ってかえってきた、そちらも同じ銀色に光沢があるカードである。
「お待たせいたしました。こちらが、ハインさんのギルドカードになります。王都での実績も加味いたしまして
ランクBのカードを発行させていただきます。」
手渡しながら彼女はハインにギルドカードについて王都での概ね一緒であると、次のことを説明した。
1、カードを紛失したら報告し、再発行すること。(一回目は無料だが、二回目以降は銀貨一枚、回数を重ねるとランク降格もありうる。)
2、カードはジーン村のギルド依頼・商品取引・村内提携店優待を可能にするが、村外では利用できない。
3、村民・商人・ギルドに所属する者に対してあらゆる損害を与える事を禁じる。(両社同意の決闘は此れに限らない。)
4、村民・商人・ギルドに所属する者が救援を求めた場合出来うる限り其れに応えること。
5、ギルドに所属する者を家族のように親しみ愛情をもって接すること。
ふむと、説明を聞きながら納得するようにハインは顎を引いた。
(彼女の話す通り、概ね…最後以外は王都のギルドと一緒だな。)
「また、これらを破った場合ランクの降格、最悪追放となりますのでご注意ください。」
事務的な言葉使いで彼女は更に細かい規律が書かれた冊子と、初心者(念のため)用の冒険者向けガイド紙を手渡した。
「それでは、改めましてご挨拶が遅れました、ハインさん。私の名前は、『リッキー』と申します。これからは、家族として
よろしくお願い申し上げます。」
そこでリッキーは初めてハインに微笑を向けて、丁寧に左手を差し出し挨拶をする。
虚をつかれたハインは、暫し反応が遅れたが微笑み返し右手を差し出して握手に力強く応じた。
すると、集会所の面々がハインに向けて拍手と声を掛けて歓迎をした。
パチパチパチパチッ。
「いっらしゃい、坊主!荒くれものだらけのジーン村ギルドへ!」
「三日坊主とかやめてよねー?!」
「ダンジョンで小便洩らしたら、俺が助けにいってやるから安心しろよ~!」
中には揶揄う声もあるが、大変好意的であり王都のギルドとのあまりの違いに、
ハインは呆気にとられつつ、「おー、ありがとうございます?」と首後ろに手を添えてへこりと会釈をした。
歓迎も済んだようで、それぞれが散開し、喧騒が戻ってきたところでハインはリッキーに対してギルドの依頼について尋ねることにした。
「早速、依頼を受けたいんだが、何か依頼はあるか?」
「あぁ、早速受けられるのですね?そうですね……少々お待ちください」
リッキーは依頼の束を広げながらも、ハインは今夜の宿もしくは住まいの手配は良いのだろうかと心配したがそもそも登録時に
名前を書くのに渋ったところから、訳ありで身一つなのかもしれないと自己解決する。
「こちらなど、いかがでしょうか。」
彼女は数枚選び取りハインに提示する、ハインが目を落としいくつかを確認している最中に思い出したように口を開いた。
「そうでした、失念しておりました。新規登録された方には、暫く自分よりランクが上の者とパーティーを組むのが決まりです。」
「……なるほど……。それって、どうしても守らないとダメなのか?」
ハインは気が進まないようで、どうにかパーティーを組まずに打診してくれないかと相談をするが、もちろん決まりが個人の我儘で
変わるわけもなく――。
「……そうですね。こちらも、家族になって早々に死なれては困りますので、ご了承ください。」
先ほど見せた微笑が嘘のように表情がない顔でリッキーが答えるので、ハインは取り付く島もなくしぶしぶ了承する。
しかし、それならばとハインも転んでもただでは起きぬつもりのようで「それならば」と更に交渉につこうと身を屈めた。
「出来るだけ、強い奴と組ませて欲しいんだが、それは可能か?」
一見、その言葉だけを切り取ればただの臆病者だろうかと思われてしまいそうな発言だが、ただならぬハインの表情にリッキーは訳があると
察したのか何も言わずに、候補リストを洗う。
「そうですね…………嗚呼、それならば適任な方がいらっしゃいます。間違いなく、条件に合いますし、貴方も相手の条件に合致していますから問題ありません。」
「相手の条件?」
『条件』という単語に怪訝な顔をハインは浮かべ問おうとしたが、彼が問いただすのを妨げるように彼女は続けた。
「詳細は本人から直接伺ったらよろしいかと……丁度、いらっしゃいましたので」
気が付けば、あれほど騒がしかった集会所が少し静かになったことにハインは気がついた。
そして、耳に多少馴染みがある気がするが思い出せない音鳴りが響く。
キィーーーーキィーーーー。
聞き覚えのあるその音――段々と響くその音を確かめるために、ハインは振り返った。
その音の主とは――――車椅子だった。
だがそれは、今まで見たことのない形と色をしていた。
特注なのか白金色をした、艶消しが為されており見たことのない曲線を描いた美しい車椅子である。
後ろには、長い杖……ではなく、細い槍が備え付けられている。
そしてその車椅子に相応しい女性が腰かけている――水色の頭髪を三つ編みに結んだ、儚げなであるが美麗な顔、
意志を持った瑠璃色をした釣り目の女性だ。だがハインはその瞳の奥に、冷たい印象を受けた。
合わせたかの白金の上鎧と濃紺のワンピースが彼女の美しさを際立たせている。
もう一人、車椅子を押す少女。
ポニーテールで、艶のある茶髪。くりくりとまん丸い橙色をしたその目は、愛らしさと活発さを感じる。
美しいというよりは可愛らしいと形容するのが妥当だろう。
身長が低めなところをみるところ、彼女はドワーフ族のようだ。
クリーム色の布地に文様の刺繍がなされたローブを纏い、背には身の丈以上の太い杖…メイスを背負っている。
(ドワーフ族なのに、魔術師?いや、それより車椅子の彼女は冒険者なんだよな?)
言葉を失ったように立ち尽くしながらハインが思案をしていると、彼女たちはハインも目の前に止まる。
「ハインさん、その方が申し上げましたパーティーのお相手……
彼女が、Aランクの『バレンシア』、そして後ろの方が『メリー』です」
あらゆる疑問と不安が逡巡するハインだったが、ついて紹介の勢いに任せて――。
「えー……、今日から世話になるハインだ。よろしく頼む」
視線に耐え切れなくなったのでとりあえずと、ハインは戸惑いながらも自己紹介を始めるのであった――――。
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