エピローグ
完全に初心者な作品ですが、
楽しんでいただけましたら幸いです。
――ザッザッ……!!
「はぁっ、はぁ……」
こんなに息を乱すのは何時ぶりだろうか。
大した距離を走ってきた訳でもないのに、
私の鼓動は酷く脈打っている。
しかしこの脚を休めるつもりは微塵もなく、
むしろ更に更にと、飛ぶように駆けていく。
私は焦燥と不謹慎とも言える、僅かな興奮を抱えながら――――。
――ここは、とあるダンジョンの一層目。
ダンジョンにも様々な種類があり、此処はその中でも典型的なダンジョンである。
その深さは約百層ほどあり、今もその階層は一段また一段と増え続けている。
またそれぞれ十層ごと階層の風景が変わり、その変化に伴い生息するモンスターの
属性や種類も変わるという法則がある。
下層に位置するこの階層には、とりわけ風属性や獣系、植物系のモンスターが多い。
特に生息するモンスターも強いものはおらず、初心者の冒険者の登竜門である
薬草や食料の採集依頼でよく使われている。
私は久しくこの下層には用がないので寄ることがなく、
今日も中層で調べ物の片手間にギルドから依頼された素材集めに勤しんでいた。
素材集めとは真逆に、相変わらず芳しくない調べ物の成果に内心悪態をついていた。
そんな時――。
脳内に声が響いた……下層からの救難魔法(初心者の冒険者がまず覚える、初級魔法であり、
ギルド所属の冒険者へ広範囲で救難信号が伝達できる。)が届いたのだ。
途切れ途切れの信号は、
助けを求める声と共に確かにこう繰り返していた。
『下層に出るはずのない、見たことがないモンスターに襲われている。』
――そう、私が痺れを切らしながら、長年探していたモンスター。
――私の両親を奪った「アイツ」かもしれない。
そう思考が、結論づける前に私の脚は動きだしていた。
★★★
正直、両親の事は今となっては、酷く朧げな記憶と成り果ててしまった。
なにせ、もう十年以上前の事だから……。
私の両親は、とても勇敢な冒険者だった。
私が住む街でギルドを創設したうちの二人で、腕も立ち、大変面倒見のいい人間であった。
魔法の才は二人共なかったが、それぞれ剣と槍の腕前はギルド一で
その戦いは見るものを魅了するような雄々しくも繊細な戦い方だったとも聞いた。
それがいつも、何より誇らしく、自慢であったことだけは今でもしっかりと覚えている。
あの当時の私は目を輝かせながら親の武勇伝を拙い言葉で色んな人に伝えたものだ。
一方で他の家族とは異なり、幼い私をギルドへ預けて度々依頼で家を空けることもあったが、
私はあまり孤独や寂しいと思うことは少なかった。
ギルドというもう1つの居場所があったから。
母と父を慕う彼ら、彼女らは両親が彼らに対してそうであるように、
家族のように私に接してくれた。
ついでに、暇を持て余していた私に幼児が本来教わらない戦い方や知識も教えてくれたが‥…。
今でもそうであるように、当時からギルドは私のもう一つの家だった。
そんないつも通り、薬草についての教えを教授されていた、ある日のことだった。
両親の旧来の友人でもある、彼女が息も絶え絶えに還ってきたのは……。
血まみれの彼女はギルドに期間するや否や、倒れこみそうになるのを
周りの人に支えられて私の元まで歩いてきた。
彼女は私と目が合うとすぐさま絶望を滲ませた瞳で、
「すまない」と涙を流した。
後にも先にもきっと彼女が涙を流すのは見たのはその時だけだ。
冒険者が還ってこないことは、頻繁とは言えずとも私が
幼いながら「死」について早熟に理解する程度にはあった。
しかし、愚かしいことに私はまさか自分の両親が「還らぬ人」となるとは
毛ほども思っていなかった。
彼女の言葉で察したギルドの面々が慰めるように私に駆け寄ってくれた。
しかし、
その事実を受け止めた当事者であるはずの私は、
形見である蒼色の宝石のペンダントを受け取りただ呆然と見つめるだけで
言葉を発することなく、家まで送られ帰路についた。
その深い悲しみを取り込んだように深みのある蒼色が
今も脳裏に焼き付いている。
それから暫くして堰を切ったかのように
ふたり分の温もりのなくなったベッドで
声を殺して泣き続けた。
その後、どうしても両親の死の原因が知りたかった私は
瀕死状態からどうにか快方へ向かった両親の友人から
死に至らしめた魔物(仇)の特徴を聞くことができた。
彼女はその時、うわごとのように――
「今までみたどの魔物でもない、異形な形をしていた」
そう、呟いていた。
それから、間もなく私は両親の家業を継いで
冒険者となった。
確か、冒険者としては最年少だった。
しかし私としては遅すぎる位で……
何故なら、一刻も早く私には為さねばならないことがあったから。
それは…あの日、私から両親を奪った魔物を狩ること……。
もし種族であるなら、根絶やしにしなければ……二度と、私のような悲しみを生まない為に――。
これが今日までの私の生き甲斐であり、宿命であったのだ。
★★★
以来私は今日まで、冒険者として技を磨き「S」級と称されるまでになった。
母譲りの槍を得物にした戦い方は、両親にも負けず劣らず靭やかで
美麗であると言われ「蒼色の一閃」という渾名まで、手に入れた。
正直持て囃されるのは好きではなかったが、
今となっては唯一の二人が遺した私という存在が軌跡を残す事で
両親の存在が風化せずにいられるような気がして悪いという気持ちにはならなかった。
もっといえば、
親譲りのこの身体が私は好きだった。
両親の髪色を混ぜ合わせたような水色の頭髪、
父親譲りの瑠璃色の瞳に、母譲りの自慢の脚線美。
皮肉なことだが、さして幼いことはどうとも思っていなかった
この身体さえも両親の死によって、大切な形見の一つに思える位
私には二人を思い出すものが残っていない。
この身体だけが私と両親を今も繋ぐ絆だった。
――――ッ!!!
突如強まった気配に私は、反芻を中断する。
どうやら目的の場所にたどり着いたようだ。
大抵のモンスターは私の気配に気が付くと、恐れ戰き逃げるように
距離を取る。
しかしこの気配の相手は、私の気配にも臆せず
目の前の微弱な気配へと狙いを定めていた。
通常とは異なる獣道を時間短縮のため選んだ私は
青々とした森林を抜けて、街へ続く冒険者が舗装した道に飛び出る。
突き抜けるような青色(ダンジョンなのに何故青空が広がっているかは未だに分からない。)
と目の前に、世の歪みと閉じ込めたような巨大でくすみきった黒い生物を目視した。
そして、眼前に額や肘などところどころに傷を負い
腰を抜かしているドワーフの少女を確認する。
大した外傷はないが、心は怯えきり、もし追撃をされようものなら
その儚い身体は容易く宙を舞うだろう。
私は、少女とその「何か」の間に割って入るため、
細長い白鉄の愛槍の先端で地を突きその反動を生かして高く飛躍した。
異形な塊の背とも言える部分の上を通り過ぎて宙返りをする。
不思議なことに、気配に気づいているであろう塊は私の行動を阻害しなかった。
そのまま私は何事もなく間に着地した。
少女は動揺しており、恐怖のあまり下半身を濡らしていた。
可哀想だと頭の片隅で思いつつも目の前の未確認な「何か」を改めて観察した。
それは鳴き声もせず、
ただ威圧感を出しながら私と対峙している。
猪のような形をしているように見えるが、どのモンスターの形にも当てはまらない。
そして、纏う澱んだ限りなく黒に近い紫色の粘液はこれまでにない匂い――異臭を放っている。
「逃げて。そして、ギルドの誰かを呼んできて」
私は彼女に声をかけた。
ただ逃げてというだけでは、彼女が負い目を感じて留まる可能性があったから。
そして、私の直感がこの「何か」は危険であると伝えているからでもある。
殺されるつもりは毛頭ないし、打ち取るつもりではあるが、
何かが私に不安を覚えさせた。
同時に、コイツが探していた宿敵であるとも
確信めいて感じていたのだった。
「ひッ、あ、あッ、あしが…ッ。 動か…ッ!!」
震える唇で彼女が私の言葉へ答える。
無理もない話だった、ここまで命からがらで逃げてきて
やっと希望が見えたのだから、安堵で気が抜けた身体が
彼女の思い通りに動く訳もなかった。
助力は期待できず、彼女を庇いながら戦わなければならない。
であれば、長期戦を繰り広げるのは不利でしかない。
相手の攻撃手段もわからないまま、こちらの手の内を見せるのは
気が引けたがまだ相手が油断しているうちに決着をつける方がリスクが
低いと私は判断して身を低くする。
槍に身体を密着させ、できるだけ抵抗を減らし…
私は、力強く地を蹴り風を切るように突進する。
正攻法かつ合理的に相手の身体を貫くために――!
―ー私が何故、「蒼色の一閃」という渾名を持つのか。
それは私の戦い方とこの愛槍にある。
この愛槍は特別製で、とあるドラゴンの骨から鍛えられた。
ドラゴンは、至極珍しく、その身を支える骨はこの世界で最上級の硬度を
持つと言われていおり、一点の曇りもなく白く美しく光沢を持っている。
そして、私の戦い方。
これまでほぼ必中。相手の身体を射抜くように貫く、私の一撃は
その疾さと私の髪色が愛槍に反射する様が相まったことで見る者には
蒼いまっすぐとした線に見えるらしい。
――それが「蒼色の一閃」の由来である。
軸を振らさず、異形なそれの表面、ど真ん中へと槍先を向けて
自身の体重を仕上げとばかりにかける。
すると、想像していたものとは違う手応えが愛槍を通して
伝わってくる。
固い何かと槍先が追突し、弾かれそうになる感覚。
身体を低く傾け前進したまま、何が起きたのか把握するために
目線だけを向けて確かめる。
一部分のみ粘液が硬化し、槍を防いでいた。
どうやら防衛本能が働いたらしい。
しかし私は、構うことなく更に圧をかける為に重心を移動させてゆく。
バリバリという障壁が割れるような音と共に槍先が粘液の膜を越して、
本体を捉えた。
「――――ハァッ!」
私は槍を押入れた。
ズプッと到達した手応えを感じたので、油断せずに更にその先へと
身を投じた。
このまま、貫けば、この異形な物体も果てるはず。
けれど、私の心中は言い知れぬ煩慮ばかりが浮かぶ。
こんなにも、私に懸念を抱かせる正体とは何なのか。
その正体はすぐに明らかになった。
パァーーーンッ!
突如、異形なそれの
槍で触れた部分が破裂するように四散する。
私はそのまま貫こうと身を差し入れる。
――それが間違いだった。
破裂した破片が、再度集約するように、
私ごと、取り込もうとするように
渦のような力強さで私の身体に纏わりついた。
私は、危機感を感じて身を引こうとしたが
体勢をかえることはままならなかった。
「ッアァーー!!」
ならば進むしかない……!!
私はそのままヤツを貫いてやろうと渾身の力を込めた……!
ズププと不快な感触を残しながらその身を貫いていく。
同時に、咆哮はしなかったが、
地鳴りのように地面が震える。
鳴いているのだろうか?
だが、そんなことはもうどうでもよかった。
――ヤツが私に貫かれ、果てるのが先か!
――私がヤツにこの身ごと、取り込まれるのが先か!?
それを判断する前に、
私の意識は混沌に落ちていくのだった――――。
★★★
――次に目が覚めて、初めにこの眼が映したのは白だった。
「――ッ。 ……ここは……?」
自分の声とは思えない程、掠れた声が響く。
喉が潤いを失っておりヒリヒリとした痛みを感じた。
すると、真横から気配を感じた。
「ッ!! 待ってください!!今、今、先生を呼んできますから!」
聞き覚えのある少女の声がする。
パタパタと走る音が遠ざかっていくが、聞こえなくなる前に
止まる。微かに彼女が慌てた様子で声をかける声が聞こえてくる。
誰だったか、思考が鈍くなっているのか、それほど馴染みがない相手なのか
なかなか答えが出てこない。
嗚呼、そうだ。あの時助けた子かもしれない。
きっと、そうに違いない。
そこで私はようやく、彼女を助けた事実を通して
自分が生還し村に戻ったことを把握した。
そこまで、思考がまとまるのを待っていたかのように
ふたつの足音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。
「……あぁ。目が覚めましたか……よかった……、本当に」
「…うっ、本当に。えぐっ、本当に、すみません」
心底安堵した声色の男が私を気遣うように声をかけてくる。
もうひとりの彼女は泣いているようだった。助かったのだから、
謝らなくてもいいのに。
「……ご気分はいかがですか?」
ひと呼吸おくと、男はそう私に尋ねてくる。
謎の違和感を感じたが、特に痛みを感じる部分はなかったので
私は身を起こして、返答しようと身体に力をいれた――――が。
「え……」
おかしい。
何かがおかしい。
何かが足りない。
これは何。
この喪失感は何。
私は血の気が引いた顔で、自分の感覚を意識して確かめる。
右手は感じる。
左手も感じる。
胸も感じる。
腰も感じる。
脚も――――感じない……。
「ねぇ……私の、脚。どうなってるの――?」
恐る恐る私は唇を動かした。
願うように、懇願するように、祈るように。
「貴方の……脚は……。なくなりました」
言葉を選ぼうとしたつもりだろうが、
その口からは残酷な言葉だけが紡ぎだされた。
「ごめんない…ごめんなさい…ごめんなさい…!
ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……!!」
延々と謝罪の言葉を述べる彼女が、まるで呪詛を唱えるかのように
私の耳を犯した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁーーーーーー!!!」
彼女の謝罪など、耳には届かない。
私は絶望で声にならない叫びを上げる。
――また奪われた!
――――また失くなった!!
――――――もう何もない!!!!!
――――――――全て消えた!!!!!!!!!
こうして私は、あの災厄により
最後の家族の絆と誇りを悉く奪われた――――。
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