友だち。
その日は特に何もされなかった。
あれだけ何か言っておいて何もされないのは少し怖かった。
家に帰って、母親にいままでの事を話すことにした。
母親はほぼ全部知っていた。
クラスの秀才の親との繋がりで、情報は来ていたけど、本当の事なのかわからなくて、確認しようにもする気が起きなかったらしい。
小さい頃…小学5年くらいの事だろうか。
その頃もクラスの中では一目置かれる存在だった秀才、橋本君。
運動神経抜群、頭も良くて、顔も整っていた。
完璧といっても過言ではなかった。
僕とは正反対だった。
憧れていた。
僕は今も昔も、友だちがいなかった。
人を避けていたのかもしれないけど、何故か出来なかった。
そんな僕と一緒に遊んでくれた橋本君。
別段家が近い訳でもなかった。
でも、ある一つの事で意気投合した。
それは、読書だった。
人の友だちがいなかった僕を笑顔にしてくれたのは、本だった。
“本は友だち”って良く聞くけど、僕は典型的に当てはまっていた。
ある日、大好きな本の新刊が出たと聞いた僕は、本屋に走っていった。
本屋は、決して大きくはなかったけど、たくさんの本があった。
そこで新刊を探していると、周りを見てないせいで、人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ」
「大丈夫?」
笑顔で話しかけてくれたのは、橋本君だった。
橋本君は、僕が探していた本を持っていた。
「橋本君もその本、好きなの…?」
「え、君も好きなの!?」
「うん。好きだよ。面白いし」
そこからこの本の良さを語り続けた。
「ところでこの本、どこにあったの?」
「こっちだよ」
僕も本を手にとって、二人で会計も済ませた。
「あっちの公園で一緒に読もうよ」
僕たちは公園で本を読んだ。
日差しを浴びながら、自分のペースで、それぞれが読んでいった。
話す事はなかったけど、こうやって橋本君と過ごす時間が、楽しかった。
ほぼ毎日一緒に本を読んだ。
ときにはお互いに今気になってる本を紹介しあって、二人でお金を出し合って買った。
「同じ値段でニ冊分買えるから、二人で同じ本をそれぞれで買うよりお得でしょ!」
橋本君のアイデアによって、沢山本を読む事ができた。
“本は友だち”の本当の意味が分かった気がした。
でも、いつからか、僕たちは、公園でも、本屋でも、会う事が無くなった。
クラスが変わったのか、喧嘩したのか。
もう忘れてしまった。
人間は、都合のいいように記憶を作り替える。
そう学んだ。
同じクラスなのに、関わっていない。
でも、こうやって見てくれて、伝えてくれていたことに、橋本君の優しさを感じた。