第九十六話 誤魔化し
「……俺は無力だ……」
つい最近も呟いた気がしないでもないセリフを、ため息とともに再び吐き出す。姉ちゃんに反抗したところで、肉体的にも精神的にも勝つことは不可能。そんなことは生まれてきてからの十五年で、十二分に染みついてしまっていた。悲しきかな、力で押さえつけられる姉弟関係。俺の意志など少しの意味も持たないのである。
「グッモーニーン!旦那!」
「……朝もはよから元気だな……いつもは朝弱いくせに……」
「そういう旦那はローテンションだな!どうした?何か石川さんとあったのか?」
「なっ……!何もねえよ!ところで今日はいい天気だな!」
「わーお、あからさまに怪しい。そんなことで話題をそらせるとでも思ったのか?」
「絶好の水泳日和だ。県新人も近いし、調整にはいいな!」
「旦那も結局県新人には参戦が決定したしな。石川さんも喜んでたし」
「うっ……」
なんだかんだで、今回の県新人大会には俺も登録されている。標準記録が楽に切れる種目にエントリーしたのが、その結果を生んだのだが……その詳細については別の話である。
「そこで石川さんの名前に反応するとか……旦那、体は正直だな?」
わざわざいやらしい言い方をするんじゃねえよ。
「……何のことやらさっぱりわからんな」
「あ、石川さん」
「!?」
高速回避で姿を隠す俺。気分はスネークだ。
「スネークにしてはちっとも冷静じゃないな。あと冗談だから」
「冗談かよ!からかうな!」
「そんなに面白い反応してくれるとは思わんかったからな……まあ、その反応も当然か」
「なんだと?」
「青春だなあ……」
「貴様!?あのこっぱずかしいシーンを見てやがったのか!?」
「俺が旦那のフラグ立てを見逃すとでも思ったか!」
「威張ることじゃねえだろ!二次会どうしたんだよ!」
「二次会とストーカーを天秤に乗せた結果、ストーカーの方に大きく振れたんだよ」
「だから仕方がないとでもいうつもりか!?お前のさじ加減じゃねえか!」
「反省はしていない」
「しろよ!」
「安心しろ。俺とイッシーだけだ。追っかけてたのは」
「むしろその二人が一番信用ならねえよ!」
情報の悪用にかけてはトップクラスの二人である。信用などできようはずもない。
「ビデオとか写真には撮ってないし」
「……フラッシュたかれた覚えはないしな」
暗かったのは確かだから、その点については心配していない。……奴らなら赤外線カメラとか持っててもおかしくないが……。
「テープレコーダーだけだから。よかったな、旦那。俺たちは紳士的で」
「紳士は盗聴なんてしねえよ!」
全国の紳士(俺含む)に謝りやがれ!