第九十五話 拒否権
「……おい、直樹?今日も学校じゃないのか?」
「そうなんだけれども……行きたくない」
大学は今、夏休み。そのため、実家であるうちに滞在したままである。まだ数日は堅苦しい思いをしなければならんと思うと……ぞっとする。それは義人も同じだろうが。しかしその家にいるよりも、今は学校に行って、あいつに会う方が気が重い。
「ついにうちの愚弟も引きこもりか……将来のニート候補生だな」
「…………」
突っ込みたいのは山々だが、それもしたくないほどに意気消沈していた。
「今日は……学校を休むかな……」
「そんなこと、私の目が黒いうちは許さんぞ」
「……後生ですから……」
「そんなに嫌なら理由を言ってみろ、理由を。正当な理由なら許してやらんこともない」
なぜ学校に行くか行かんかの許可を実姉に求めんといかんのだ。
「それはことわ」
「言え」
……拒否権すらないんですね、わかります。
「それは……かくかくしかじかで……」
「成程な」
「……わかっていただけましたか、お姉さま」
「昨日、辰美ちゃんに慰めの言葉をかけたと。そのセリフが今になって恥ずかしくてたまらんくなった。顔を合わせるのなんて到底無理だ―――と。そう言いたいわけだな」
「その通りでございます」
この羞恥心を言葉で表しきるのは不可能だが、だいたいの概要はこれでわかっただろう。これで姉ちゃんも許してくれ……
「ぶははははは!!!!」
大声で笑うだと!?
「おもしれえ!青春真っ盛りじゃねえか!わたしゃ嬉しいよ、二人がそういうこそばゆいシチュエーションを作ってくれたことが!」
「一人で盛り上がってんじゃねえ!」
「そうだな!望にも連絡とって二人でこの感動を共有せんとな!」
「事態を悪化させようとするんじゃねえ!」
「(ガチャ)もしもし望?実はねー」
「早速かけてやがる!行動早すぎだろ!」
「ふむふむ……そっちもか」
そっちも?
「わかった。必ずこっちも学校に向かわせる……手抜かりはないよ、心配すんな」
そう言って携帯を閉じると、おもむろにこっちを再び向いて、こう言った。
「辰美ちゃん今日学校休むって。だから安心して学校行け……ぷっ」
「にやにやしながら言っても説得力ねえよ!明らかにはめようとしてんじゃねえか!最後吹き出してたし!」
目の前で会話しておいて、成功するとでも思ったのか!?今日は絶対タツミと顔を合わせないからな!