第八十二話 視線
……夏休みまであと一日……会計のテスト……単位落とせない……ファイト俺……。
競技に参加するために、手拭いで俺の右足とタツミの左足を結びつけた。周りの出場選手を見渡しても、男女ペアは見当たらない。それは当然だろう。男女では体格が異なるし、何より股下のリーチに開きがある。そのため普通に息を合わせて走っては転ぶ確率は格段に高くなる。クラス対抗戦であるこの体育祭において、そのようなリスクを負うのは無謀だ。よって、そんな珍しいペアは俺たちだけということになる。
「だからこそ、俺たちは注目の的になっているわけだが」
「そ、そうだね……」
足を結んだことで、俺たちは密着状態。やわらかいタツミの体が触れているので、俺は緊張しっぱなしだ。それ故、俺の口数は少なくなっている。
「旦那ー!今の気持ちを一言!」
「こんなプライバシーのない空間で喋れるか!」
わざわざグラウンドの外、クラスの応援席から煽るセリフを吐くとは……。
「見せつけてくれちゃってー!このこのー!」
「いいぞ、辰美ー!このまま既成事実を作っちゃえー!」
こんな煽り文句を叫ぶのは皆、クラスメイト達。敵は応援席にあり。本能寺にはない。
「ちっ!彼女もちはいいよな!」
「まあ待て落ち着け。ここはな、合法的に制裁を与えるのが一番だ」
「体育祭か……事故で体が動かなくなってもおかしくないな」
「怪我人がでないよう気をつけないといかんな?あくまで可能な限りで、でたら仕方がないと諦めるしかない」
「真剣勝負に怪我人はつきものだ。場合によっては死人も」
「つきものだな」
つきものじゃねええええ!!何これ!?安全なはずの体育祭が、このままでは死地に変わってしまう!
「違うぞ!?俺とタツミはそういう、なんていうか……お前らが妄想するような関係ではない!」
「おいおい、何か言ってるぜ?」
「なに?「俺たちの関係はお前らが想像している関係からは、数十歩先に進んでるぜ?君たちのピュアな半生では想像もできないような関係にな」だと!?」
「ふざけやがって!」
「どうやら死にたいらしいな……」
「そんなこと言ってねえ!」
駄目だ!こいつら正気を失ってる!中には二年や三年も含まれているのが恐ろしいぜ!
「タツミも何か言ってくれ!お前が否定すればまだ何とかなるはず……」
起死回生の一手だ!ナイスアイディア俺!
「…………」(ぎゅっ)
「!?なぜに体をさらに密着させる!?恥ずかしい!んでもって、こんなことしたら余計に嫉妬が……!」
「Fuck you」
「Kill you」
「Shit!」
やっぱり!このまま出場したらやばい!彼女なしの男子ペアと一緒に走ろうもんなら、何をされるかわかったもんじゃねえ!
「……別に勘違いされてもいいもん……!」
タツミのつぶやいた言葉は、周りの男子からの罵声によってかき消され、俺の耳には届かなかった。