第七十話 俗物
「あら、久しぶりねえ直くん。私のこと覚えてるかしら?」
居酒屋に辿り着いたとき、幸いにも姉ちゃんはすでに酔っぱらっていた。そのおかげで俺への処罰は忘却のかなたにあるようだ。代わりにタツミへのセクハラの真っ最中(まさに酔っぱらいオヤジ。手がつけられない)で、俺が見るのはためらわれる光景が広がっていた。必然的に俺はもう一人の幼なじみ、三歳年上の望さんの相手をすることとなった。
「望さんでしょう?お久しぶりです。正直顔は覚えてませんでしたけど」
「失礼ねえ」
実際忘れてたんだから仕方ない。人間は忘却する生き物なんだ。あそこで「よいではないか、よいではないか」などと迫っている馬鹿と同じで。
「私は一度だって直くんたちのことを忘れなかったっていうのにー」
「それは失礼しました。姉ちゃんから聞いたんですけど、関東の大学ですって?一人暮らしってやっぱり大変ですか?」
「んー?一人暮らしも慣れちゃえば楽よ?好きなもの作れるし好きなことして過ごせるし」
面倒そうだが、慣れたらそういうものなのかもしれない。
「それよりどうなのよ?直くん、彼女とかいるの?」
またその話か。どうしてそう人を落ち込ませようとするかな、女子ってのは。
「いませんよ。てかいたことがありません」
「そうなの?じゃあうちのはどう?」
「はい?」
「辰美よ、た・つ・み。お買い得よ?」
妹をモノ扱いで売りに出すってどういうことですか。これだから姉って人種は困る。
「なんでそうなるんですか……」
「あら?だって昔から仲良かったし、今も仲良くやってるんでしょ?うちでよく話してるわよ、直くんのこと」
「はいはい、それはよかったですね」
「あらあら、本気にしてないのね?つまんない」
からかうのもいい加減にしてほしいものだ。
「でも直くんと辰美が結婚したら、私と直くんは義姉弟よ?」
「何工程すっ飛ばした結論に辿り着いてるんですか。それと、それは丁重にお断りさせていただきます」
これ以上にハチャメチャな姉が増えたらどうしろというんだ。心労で倒れかねん。
「あら?もしかして私の方がよかった?駄目よ?私彼氏いるし」
「はあ、そうなんですか。大人ですね」
「もう、反応がつまんない。彼氏彼女がいる関係なんて中学高校ならいくらでもいるでしょうに」
だから俺に何を期待してるんだ。
「あいにくと、近くにそういった人がいないもので」
「もっと人生楽しまないと損だよ?お姉さんからの忠告」
楽しんではいますよ。若干正規ルートから逸れているだけで。